最近新たに〈ボンクリップ〉の特殊な個体を入手しました。こちらの画像の下の方がそれです。

 

 

いわゆる「ボックスロゴ」。ブロック体で大文字の”BONKLIP”の文字が四角で囲われているのが特徴で、従来このロゴを持つボンクリップは「後期型」と呼ばれ、これに対して筆記体で”Bonklip”の文字だけで四角の囲いがないモデルが「前期型」と呼ばれており、こちらの方が後期型に比べて珍重されていましたが、僕個人の調査の結果、実際それは逆だったのではないかという結論に至りました。

この調査については過去の記事(”Bonklip” or “BONKLIP”?)に詳細を譲るとして、今回新たに入手した個体は、ボックスロゴではあるものの、一般的なボックスロゴのモデルとは異なるディテールを多く持つ非常にユニークな個体でした。

まずそのロゴの刻印自体が、一般的なモデルに比べてやや大振りで雑な感じがします。そして大きく異なるのがアジャスターのデザイン。構造や機能は基本的に同じですが、そのフォルムは大きく異なり、今回の個体はアジャスター部分が平たいパーツで構成されています。

 

 

どちらかというと、今回新たに入手した個体の方が簡素な感じで、通常モデルはしっかりと立体的に作られてます。

次に、折り返しパーツのデザイン。下が今回の個体ですが、上の通常モデルは折り返した際に整列しやすいように立ち上がりが設けられている一方、今回の個体は特にそういう工夫が見当たりません。

 

 

あとは以前の記事で別の個体を示して触れましたが、刻印の打刻位置や内容の違いと、リンクを繋ぐパーツが通常モデルと比べ若干太いという点。

ボンクリップに打刻される刻印は、主にパテント番号、製造国(MADE IN ENGLAND)、製造社名(B.H.ブリトン&サンズ)、素材(STAYBRITE / FIRTH’S STAINLESS)およびアルファベットのロット識別記号ですが、それぞれ打刻位置が全く異なるほか、その内容も異なっています。

 

 

総じて今回のユニーク個体は、通常モデルと比べ「洗練されていない」という印象です。つまり初期モデルの中でも比較的初期に製造されたモデルで、その後改良を加えられたのが比較的残存個体の多い通常モデルであるという推論が生まれます。以上、今回は僕の先行研究を補強するための内容ですが、この新たに入手したユニーク個体は、それを裏付ける状況証拠として強い説得力を感じます。

余談ですが、僕自身、かつて歴史学研究に勤しんでいた時期があり、そこではあらゆる史料(資料)をまず疑ってかかる「史料批判」という歴史学の基本動作を叩き込まれました。ヴィンテージウォッチは特に情報の乏しいアイテムを扱うため、それにまつわる言説には多分に憶測が含まれており、そこにはコマーシャリズムのバイアスがかかっていることすら往々にしてあり、それらの情報を検証しようという動きはほとんどありません。「スミスの腕時計がジャガールクルトの技術提携で生まれた」などという誤った言説は、その際たる例です(cf. Brand Story: SMITHS and Robert Lenoir)。

僕もヴィンテージウォッチを販売して生計を立てている商売人のひとりですが、同時にいち歴史研究者の端くれとして地道にそうした調査研究を重ねていくことで、兎にも角にもブランドの認知度によらず、良い時計の良さをより「正確に」知るための一助になればと思っています。