今から8年ほど前にこの”JOURNAL”で書いたボンクリップのブランドストーリーの記事を、このほど改訂しました。
きっかけとなったのは、最近入手したこの9金無垢でできたボンクリップ。実はかつてこの記事を書いた頃に一度出会っていて、その時高いからという単純な理由で買い逃していた超レアアイテムで、あれから何度か出会うことはできたものの、どれもかなり傷んでいたためスルーしていたのですが、このほどコンディション、サイズともに完璧な個体を手に入れることができました。
英国製の金無垢製品のため、製造年代がわかるホールマークが刻印されていて、それをもとに調べてみると、この個体は1960年製ということが判明しました。
「あれ、ボンクリップって言い伝えではだいたい1940年代じゃなかったっけ。。。」という素朴な疑問が浮かび、改めて詳しく調べ直してみたところ、製造元であったB.H.ブリトン&サンズ社によって50年代、60年代と長くボンクリップは製造され続けていて、1973年頃に同社が解散したことをきっかけとして製造も止まり、英国国防省も支給品リストの変更を余儀なくされた結果、いわゆるNATOストラップが新たに支給されることになったという歴史的背景が浮かび上がってきました。
金無垢製のボンクリップでなければホールマークのような製造年を教えてくれる情報がないため、個体ごとの製造年代はほとんどわかりませんでした。しかし調査を進めてみて明らかになったことは、必ずしもボンクリップは全て杓子定規に1940年代製と説明することは危険であること、そして「ボックスロゴ」と呼ばれる大文字ブロック体のブランド名を四角で囲んだロゴと、いわゆる筆記体ロゴの区別は再考が必要ということでした。
この画像を見てください。
左が一番古く、右にいくにつれて年代が新しくなるという考察のひとつですが、ロゴを四角で囲む方が、筆記体ロゴよりも古いコンセプトだったことが視覚的にわかります。おそらく一番左が最も古いパターンで、続く左から2番目の個体とともに、大文字ブロック書体で「BONKLIP”」の刻印が見受けられます。さらにその左がいわゆるボックスロゴで、そのひとつ左の個体の操作方法を示す「LIFT」の文字が四角に囲まれているパターンから、「BONKLIP」のロゴに変更されているという流れが推測されます。そして一番右が筆記体ロゴとしてリニューアルされたと考えると、初期ロットと呼ばれていた筆記体ロゴはむしろ後期ロットであり、ボックスロゴの方が製造年代が古いのではないかという仮説が有力のように思えます。
ちなみにステンレススチール製であることを示す刻印で区別するという意見もあります。1924年に英国のトーマス・ファースが発明したいわゆる「18-8ステンレススチール」の商標である “Firth’s Stainless “や “Staybrite “といった、”Stainless Steel”以前の名称が刻印されているのもボンクリップの特徴ですが、しかしながらそれはボックスロゴにも筆記体ロゴにも、どちらのモデルにも見られるため、判断材料としては成立しないようです。
また今回入手した1960年製の金無垢製のボンクリップは筆記体ロゴで、ホールマークも金の純度だけでなくアセイオフィス、メーカーズマーク、デイトレターを含む必要事項全てが刻印されている個体ですが、ボックスロゴの個体はホールマークが”B&S”と”9ct”というメーカーズマークと純度のみが刻印されているものしか確認できていません。これは金製品の種類によってはホールマークの刻印が免除されていた場合において、メーカーが自社のメーカーズマークと純度のみを自主的に刻印したもので、ホールマークの刻印規定がそれほど厳格でなかった1973年以前、とりわけ1930年代から50年代の金製品にしばしば見られるパターンとして知られていて、いわゆる初期モデルと呼ばれるであろう製造年代とも一致します。
これらの状況証拠から推察すると、ボックスロゴが後期モデルだという結論にはなかなか結びつかず、むしろそれは筆記体ロゴよりも初期の製造ロットであったと考えるのが自然だと思います。
さらに、”BONKLIP”のボックスロゴにもおそらく初期モデルもしくはプロトモデルと思われる個体が存在します。その画像がこちら。
左がそのプロトと思われる個体で、ボックスロゴが大きいのが特徴。右が通常個体です。
見ての通りロゴが大きく、爪の形はやや小さい。さらにアジャスターの結合リンク部分の両端が謎に突起している。あと微妙にリンクパーツが太い。この大きなボックスロゴは過去にも見たことはありますが、アジャスターの変な突起だけでなくブレス中腹の折り返し部分のパーツのデザインも通常と異なります。さらに刻印もそれぞれ位置がバラけており、”MADE IN ENGLAND”はアジャスター部ではなくリンクに刻印されていて、アルファベットによるロット識別記号はなし。上の4本の異なるボンクリップの画像の中でも、おそらく時系列は”LIFT”の文字をを四角で囲ったボックスロゴの次の世代に当たるのではないかと思われます。
他にも、筆記体ロゴのボンクリップの大部分はエンドピースの管にバネ棒外しを差し込んでバネ棒にアクセスするスリットが設けられている一方、ボックスロゴはそのスリットを持っていない個体が多数存在します。1940年代に空軍に支給されていた腕時計がすべてバネ棒式ではなく固定式ラグであり、そこにバネ棒用のスリットは必要ないと考えると、どちらが初期モデルかどうかは想像に難くないでしょう。
もうここまで状況証拠が揃ってくると、初期モデルと呼べるのは筆記体ロゴではなくボックスロゴだということが極めて有力視されますね。