英国が生んだステンレスチール製の腕時計用ブレスレット、〈ボンクリップ〉。

「バンブーブレスレット」と呼ばれる独特の形状が特徴で、年代によってロゴが筆記体からブロック体に変更が加わるものの、全体的なデザインはほととんど変わりません。かつてはロレックスのバブルバックモデルなどにも標準装備されたこともあり、知る人ぞ知るアイテムながら、その詳細については驚く程乏しいのが実際のところです。今回は謎の多いこのアイテムをフィーチャーしてみたいと思います。

「ボンクリップ」という名称自体は、会社ではなくあくまで商品名で、その独特の装着方式から由来していると思われます。実際に1930年3月6日に英国特許庁より特許を取得した際は、その提出者は”DUDLEY RUSSEL HOWITT of 67 Hatton Garden, London”とあります。ダッドリー・ラッセル・ホーウィット氏によるこの発明は特許番号に”349657″(ドイツでは”577586″)を与えられており、ボンクリップのブレスレットには全てこのナンバーが刻印されています。そしてこのパテントナンバーと併記される”B.H.B. & S”の刻印。つまりベンジャミン・ヘンリー・ブリトン・アンド・サンズ社が、このボンクリップの製造元で、ここからおよそ40年間以上、1973年頃に解散するまでボンクリップを製造し続けていました。

 

 

ボンクリップは特にイギリス空軍(ROYAL AIR FORCE=RAF)との関係が深く、しかも空軍のみならず陸軍向けのミリタリーウォッチにも好んで着用されていたため、主に軍用アイテムとして知られています。それが、自由にサイズを調整できる画期的なフィッティングシステムに加え、フライトジャケットの袖の上からでも装着できる最大尺の長さといったユニークな特性に表れています。

イギリス空軍が独自にミリタリーウォッチのベルトとして正式に採用されることになりました。狭いコックピットでパイロットが腕時計を使用する際は、ジャケットの袖の上だけではなく、場合によっては膝に着用することもあったと言われています。ごく希ではありますが、延長用のエクスパンジョンパーツを追加することで一般的なものより大幅に最大尺をとることが可能にした個体も見られます。

 

 

上の資料に見られるように、IWC(INTERNATIONAL WATCH CO.)、レマニア、スミスによる英国軍用ミリタリーウォッチに採用されていました。その採用期間は長く、遅くとも1970年代までは正式に用いられており、その後はおなじみNATO軍のナイロンストラップが、ボンクリップに代わる英国軍制腕時計ベルトとして採用されます。

ちなみに英国国防省(MoD)がボンクリップを支給したのは1950年代と1960年代の空軍搭乗員のみですが、それ以前の軍用時計にボンクリップを着用した場合、それが「不正確」であるというのは間違いです。ATP(アーミー・トレード・パターン)、A.M.(エア・ミニストリー)、そして戦後のW.W.W.(リスト・ウォッチ・ウォータープルーフ)の腕時計には相当数の当時のボンクリップが装着されていたことが分かっており、すなわち第二次世界大戦中およびそれ以降を通じて何千人もの兵士がボンクリップを個人購入品として広く採用したことを示しており、極めてポピュラーで時計用ブレスレットであったと思われます。さらに米国空軍(米国陸軍航空隊)に支給された腕時計A-11にも採用されており、それまで支給されていた豚革や安価なコットン製といった耐久性の低いウォッチベルトを大きく改善しました。

同社は1855年に宝飾街で知られるバーミンガムで創業した金銀製品工房で、貴金属を用いたバングルやシグネットリング、カフリンクスといった装飾品から、アルバートチェーンやウォッチブレスレットといった時計関連製品まで、120年の長きに渡って製造を続けました。実はボンクリップは本来軍用目的に開発されたわけではなく、当初ジュエリーに付随する腕時計用のブレスレットとして企画されたもので、その利便性だけでなくラグジュアリーで上品なデザイン性もまた大きな魅力です。

ボンクリップは、おそらく最初に大量生産されたステンレススチール製のウォッチブレスレットのひとつであったという点で非常に画期的でした。その比較的初期に作られた個体には、1924年に英国のトーマス・ファースが発明したいわゆる「18-8ステンレススチール」の商標である “Firth’s Stainless “や “Staybrite “といった、”Stainless Steel”以前の名称で刻印されるものが見られるのも興味深い点ですが、他にも真鍮製でゴールドプレート(金メッキ)を施したバリエーションに加え、極めて少量生産されたと思われる9金無垢素材を用いたゴージャスなボンクリップも存在します。

 

 

また先述したボンクリップが英国国防省の支給品リストから外された原因は、おそらく製造元のB.H.ブリトン&サンズ社が解散したことが少なからず影響していると思われます。同社の解散のきっかけは、道路整備のためにバーミンガムの工場が取り壊される予定だったことも関係しているかもしれませんが、同社が1930年に取得したボンクリップの特許は1950年に失効したことで、後にロレックスに買収されるゲイ・フレール(ゲイ・フレア、G&F)社のウォッチブレスレットや他のスイス、フランス、アメリカ(フォルスナー)のメーカー、あるいは同じバーミンガムのジュエリー会社、クレウコ(E.J.クレウリー・アンド・カンパニー)など同業他社による類似品との競争が激化したことも大きな要因として考えられます。

ボンクリップのバンブーブレスレットは、ミリタリーウォッチはもちろん、インダストリアルなデザインがアール・デコとの相性も良く、オーセンティックなドレスウォッチや角型時計にも上品に歩フィットするという類まれなメタルブレスです。

 

 

cf. 筆記体ロゴとボックスロゴの違いについて…”Bonklip” or “BONKLIP”?