「花は盛りに 月は隈なきをのみ 見るものかは」

表面的な美にとらわれない、移ろいの中に余情の美を見いだす感性。それは700年前の随筆『徒然草』で兼行が我々に教えてくれていましたが、もっと遡ると1200年前の平安時代から、「もののあはれ」に言い表される無常観的な哀愁を繊細に感じ取るDNAを持ち合わせている日本人にとっては、ミントコンディションで綺麗な腕時計の美しさだけでなく、こうした経年変化を伴ったある種「完璧でない」腕時計の味わいもまた、異なる美しさを放っていることを感じ取れます。

また、これからシーズンを迎える紅葉狩りのように紅葉を特に好んで愛でる文化も、日本人独特のものと言われています。日本の風土が生む紅葉は、ほとんど黄色一色の欧米と異なり、赤や黄色、茶色という実に色とりどりで複雑な美しさがあるという点がその理由に挙げられるように、我々日本人はものの経年変化の有り様に対して極めて繊細な感性を持っていると言えます。

濃淡のある黄土色に色付き、そこに細かい凹凸が生まれたまるで月面を思わせるブラヴィントンズと、ブラックミラーフィニッシュが褪色し、墨染め和紙のような漆黒のうちにうっすらと白のニュアンスを帯びたロンジン。いずれも日焼けや経年によるいわば「劣化」が生んだ文字盤ですが、劣るどころかむしろ時を経たものだけが持つ魅力と個性に昇華しています。