今月は時を経て色付いた文字盤にフォーカスします。作為のない、時の流れと偶然が作り出すエイジングという芸術。その「時」というデザイナーが描き出す意匠はさまざまなスタイルを持ち、それらの作品は単なる経年変化という言葉以上の価値と魅力があります。

このテーマは何度かこのマンスリーテーマに選んでいるadvintageの定番シリーズのひとつ。実際こういった日焼けや経年変色によって味わい深くエイジングした文字盤は「トロピカルダイヤル」と呼ばれ海外でもその魅力が語られていますが、多くのヴィンテージアイテムと同様、おそらくこの価値観を生んだのは日本人なのではないかと個人的に思います。

ヴィンテージデニムの色落ちを愛でる趣味が実は日本発で、アメリカでそういうムーブメントが生まれたのは日本からの逆輸入であったことはよく知られていますが、このいわゆるトロピカルダイヤルも同様に、朽ちていく過程に美を見出すという日本人特有の美意識が生んだ価値観のような気がします。

知っての通り、日本人は四季の変化や多くの自然災害、木の文化といった事象を通じて古来より諸行無常を強く意識してきました。それによって生まれた日本人独特の感性といえば、例えば満開の桜よりも散りゆく儚い姿に心惹かれたり、美しく曇りのない満月よりも木陰や叢雲に隠れた月の姿に趣を見出したり。1000年以上前からDNAに刻まれた、このような経年変化や不完全さに美を見いだす我々日本人特有の美意識からすれば、もっと深い魅力を見出せるはずだと思います。ただただ表面的な「トロピカルダイヤル」とかいう単純な呼称に止まらず、このさまざまな時を経て固有の変化を遂げた美しい腕時計たちの魅力を深掘りし、その真価を捉え直すことができれば。

ただ単に経年変化しているだけのものと、それが美しく昇華されているものとの違い。

例えば今回のキービジュアルに選んだこちらのロンジン。水の中で生まれては消える無数の泡沫のような、あるいは沈みゆく夕陽にきらめく遥か遠くの湖面のような、我々の想像力をかき立てる景色。これらは言わば経年劣化によるものとはいえ、針や数字、インデックスなどは奇跡的に美しい状態を保っている。この条件を満たす個体は少ないのは言わずもがな。もしこのロンジンが経年変化のない小綺麗なただのセイタケだったら、まず買ってないでしょう。