今月のテーマ「ポリゴン」。
特に1930年代から40年代のヴィンテージウォッチには、さまざまな角形フォルムを持つ腕時計が存在します。そしてそれらは無名ブランドでも極めて高価なケースを用いるといった、ブランドバリューに左右されない多様性があるという点で非常に魅力的です。
フランソワ・ボーゲルのオクタゴナルケースを使った腕時計は、特にその傾向が顕著で多くのマイナーブランドがリリースしています。ボーゲルケースはご存知の通りパテック・フィリップも実際に採用していた気密性の高いスクリューバックケースがウリで、デザイン性が高くそのバリエーションも豊富。
オクタゴナルケースはこれ以外にもありますが、特にこのモデルは文字盤以外の全てを直線で構成しているため、基本的にケースフォルムは多角形であり多面体でもあるということで、今回のテーマを体現しています。
見る角度を変えていくとひとつひとつの平面が生み出す光と影が移り変わり、それだけで飽きさせない奥行きを感じる稀有なケースデザイン。スクリューバックゆえの肉厚さも、その存在感に拍車をかける重要な要素です。
同じスクリューバック式のオクタゴナルケースで、トノーシェイプ(いわゆるバイセロイケース)に近くもう少しドレッシーに寄せたのがこちら。 “LL”という今のところ情報がほぼ皆無という謎のケースメーカーですが、そのスタイリッシュでシャープなデザイン性はむしろ現代にも通じるタイムレスな存在感。
ちなみにバイセロイケースといえばロレックスのバブルバックに代表されるケースデザインで、樽型のシルエットに平面のベゼル、ラウンド形の文字盤を合わせたもの。本来平面であるバイセロイケースのベゼルにアール(曲線)を加えるとどうなるかというと、こちらのようになります。
ステンレススチールの硬質感と、アールに削り出された滑らかな曲面のコントラスト。いままで様々なケースデザインを見てきましたが、この組み合わせはほとんど見たことがありません。特に硬度の高いステンレススチールをアールに削り出す技術あるいは工作機械は、1940年頃には希少だったことが主な理由として考えられます。
クッションケースも角形ケースというジャンルのひとつとしてカテゴライズされることが多いですが、そのスタイルもさまざま。なめらかな曲線を描くフォルムのものが多い中で、あえて角を作ることで多面体の側面を持たせたものは非常に新鮮です。
最後に外せないのがレクタンギュラー。このジャンルにも多くのバリエーションがありますが、今回セレクトしたのはいわゆる「タンク」デザインで、H構造の強い直線的なケースデザインです。特に必見は防水構造をもつレクタングルケースで、大変な工夫を凝らした結果極めて複雑な(あるいは組み立てが非常に面倒くさい)仕組みとなった個体。レクタンギュラーのドレッシーな印象を塗り替える、肉厚で無骨、力強い存在感があります。
レクタンギュラーウォッチというと、玄人志向っぽくてとりあえず最初の一本を選ぶ際には真っ先に外される不遇なイメージ。
「いやそんなことないんだ、レクタンギュラーの魅力は・・・!!」なんて言ってマイナーイメージの払拭のために奔走するつもりはありません。そうするとマイノリティの魅力を否定することになるから。
これはヴィンテージ全般の魅力に通じると思うのですが、じゃあヴィンテージの魅力ってなんだろう?と問われると、なかなか本質的な答えに窮すると思います。作ろうと思えば現代でもリプロダクトは可能だし、実際にそういうものも多数存在している。デッドストックと現行品の新品の違いは何なのか。
となると、最終的には「風合い」とか「ロマン」というごく普通の答えになるわけだけど、それが万人が共有する感性じゃないというところにヴィンテージの魅力が詰まっているんだと思います。もしヴィンテージがありふれていたら、その時点でヴィンテージの価値はなくなって、ただの中古品になる。僕が思うヴィンテージの魅力とは、ごく一部の限られた人たちだけで共有する「秘密」のようなもので、マイノリティであることが前提です。だからあえてその魅力を一般化せず、わかる人だけで味わうのがその存在意義だと思います。これはある人物からの受け売りですが、たぶんそれが一番本質に近い答えだと思う。
本筋から大きく飛躍してしまいましたが、僕が今年最初に掲げた今月のテーマには、そういうマイノリティの美に改めて注目していきたいという欲望も込められています。結局は腕時計のデザインや造形に収斂していくのですが、それに注目していくと、もはやメーカーやブランドは二の次になってきて、そのモノ自体の良さを直観することができる。もちろんムーブメントのクオリティは確保しつつ。それが楽しくてadvintageのモチベーションになっていることは確かです。
そんなこんなで、今年もよろしくお願いします。