最近入手したスミスの名機「デラックス」。ランダムボーダー文様が文字盤に彫られたユニークなモデル。
旧イギリス国鉄(British Railways)から、勤続45年を記念して贈呈された、いわゆるプレゼンテーションウォッチで、裏蓋にその刻印が入っています。まあスミスの腕時計ではよくあることで、金無垢ケースモデルの多くは永年勤続表彰で会社から社員へ贈呈されたものがほとんどです。

しかし今回驚くべきは、保証書や専用ボックスだけでなく、贈呈が決まった旨を報告するイギリス国鉄からの手紙や贈呈式の案内、さらに数年後に彼自身が退職する際に行われたパーティの招待案内までが揃っていることでした。きわめつきは、1966年の贈呈式と、その8年後の1974年に行われた退職者記念パーティの際に支給されたと思われる、会場となったウィンブルドンまでの往復鉄道チケットまでが丁寧に保管されていました。

それなりに長い間スミスの時計を集めてきましたが、ここまで揃いも揃った個体は類を見ません。

 

 

この腕時計が贈呈されたのは、当時イギリス国鉄サウザン・リージョン(南部地域)に所属していたアーサー・ルイス・チャーチルという人物。付属の手紙からシグナルマン(信号員)の役職に就いていたようです。

ギャランティーカード(保証書)は、当時のスミスの腕時計に付けられていたものと同じもの。日付や名前、住所の記入欄にきちんと記載があるものは意外と少なく、それだけでも骨董的価値が高いポイントのひとつ。

 

 

こちらが贈呈式の前年にあたる、1965年12月16日にイギリス国鉄からチャーチル氏に送られた、45年勤続記念品贈呈の知らせ。文面を見ると、「しかるべき内容が刻印された腕時計か置き時計が贈呈される」とあり、腕時計の他に置き時計があってしかも好きな方を選べたようです。知らなかった。

 

 

次の書類は、最初の知らせの翌年の1966年9月8日にチャーチル氏に送られた、永年勤続記念品贈呈式の案内。彼の奥様もご招待できるので出欠を教えて欲しいとのメッセージも添えられています。そしておそらくチャーチル氏本人の直筆であろう、受け取った日付までご丁寧に鉛筆で書かれています。ちなみにこの贈呈式の予定日、1966年9月21日は、実際に贈呈された腕時計の保証書の日時と一致しています。

 

 

そして次の書類は、腕時計の贈呈から8年後の1974年、チャーチル氏がイギリス国鉄を退職する際に開催された記念パーティの案内です。8月20日に行われるパーティでは、軽食が振る舞われるほか、近親者も参加可能だったようです。

 

 

次の書類はカードサイズのメモ書きのような体裁で、セントポーリアの鉢がアーサー(・チャーチル氏)の退職記念に差し上げる旨が、部長のサインと共に記載されています。同じ体裁で無記載のものがもう一枚あったため、おそらく欲しいものを選んで持ち帰ることが許可されていたようです。

 

 

そしてこちらが鉄道の無料往復切符です。上の1966年が腕時計の贈呈式、下の1974年は退職記念パーティーの際と思われます。いずれもチャーチル氏の住まいの最寄駅ピーターズフィールドからウィンブルドンまで。そしていずれも二等車。ちょっとケチですねイギリス国鉄。1966年の贈呈式のほうは奥様の名前も記載されており、一緒に仲良く参加したのでしょう。

 

 

それぞれのチケットの裏面です。フリーチケットですね。

 

今回の腕時計に付属していた書類は以上です。

僕自身学生時代に歴史学を専攻していたので、こうした一次資料(史料)を直に分析できることは無性に楽しいことなのですが、それ以上に当時スミスの腕時計がプレゼンテーションウォッチとしてどのようにして贈呈されていたのか、その様子が今回イギリス国鉄の例で具体的に明らかになったことに大きな喜びを感じています。

イギリス国鉄で50年以上、人生の大半を勤め上げたチャーチル氏。事細かな書類とともに大切に保管されていたことから、彼が贈呈された腕時計がどれほど大きな価値があるのかは容易に想像されます。スミスの贈呈から実に45年を経た2021年現在、スミスに魅了されて収集を続けている僕としては、このチャーチル氏にぜひ心から感謝したいと思います。