前回の記事でアルピナ・ユニオン・オルロジェールについて詳細に語りましたが、その中で詳しく触れることができなかったのが、アルピナのドイツ支店〈Alpina Deutsche Uhrmacher Genossenschaft = ADUG〉が製造販売していた腕時計についてです。
もう一度ドイツにおけるアルピナの展開について述べておくと、スイスのアルピナ・ユニオン・オルロジェールは、1890年の時点でドイツのコンスタンツに子会社を設立しており、当時すでに200社以上のドイツ市場の顧客に商品を提供していました。その後1892年にフランクフルトのBecker & Cie.がドイツの子会社を買収、1899年には首都ベルリンに本社を置く総合代理店へと発展しました。
1909年に設立されたアルピナ・グラスヒュッテですが、現地の有力メーカー〈ランゲ&ゾーネ〉との法廷闘争と第一次世界大戦での経済的制限が悪影響し、1922年に解散を余儀なくされます。
さらに1917年のスイスのユニオン・オルロジェールの一時解散に伴って、ドイツ・アイゼナハ(1927年にドイツへ移転)に再度アルピナのドイツ支社として”Alpina Deutsche Uhrmacher Genossenschaft G.m.b.H.”を設立しますが、第二次世界大戦が勃発するとドイツでアルピナのブランド名を使用することが禁止されたため、かわって”Deutsche Uhrmacher Genossenschaft Alpina”の頭文字をとった”DUGNENA(ドゥゲナ)”が、新たなブランド名とされます。この「ドゥゲナ」は1947年にダルムシュタットに移転し、その後1960年代から70年代を中心にドイツで非常に知名度の高い腕時計ブランドへ成長しました。
 

 

 

さてここからは考察ですが、ヴィンテージウォッチ市場で見つかるアルピナの腕時計は、大きく分けて”Alpina”の文字を持つものと、そうでないものとが存在します。後者は具体的に、三角形と円が組み合わさったトレードマークだけ、もしくはそれ以外の”FESTA”あるいは”TRESOR”といった名前の文字を冠したもので、Alpinaの文字は載りません。

 

 

 

 

 

 

前者のAlpinaの名前を冠したものは、ムーブメントにキャリバー592や586といったアルピナのムーブメントを搭載していますが、後者は主にドイツ製のムーブメントが採用されています。僕自身、この違いは何なのか、他店でそう言われているけど果たして後者の腕時計は本当にアルピナ製なのか?同じ”Der Kreis im Dreieck(The circle in the triangle = 赤い三角形の中の円)”トレードマークを持つ〈ドゥゲナ〉とどう違うのか?と常々疑問が晴れずにいました。
結論から言うと全てアルピナ製で、ADUGがドイツで流通させていた製品ということでした。ただし、”Alpina”の名を冠する腕時計はキャリバー592や586、566、あるいは角型キャリバーの490といった、ジュネーヴの〈ユニバーサル〉製エボーシュを使用したムーブメントを搭載するもののみに限られていました。
そして「アルピナ」グレード以下のムーブメントは、アルピナ・グリュエン協業で1937年まで製造されていた「ギルデ(GILDE)」と、ドイツ製エボーシュを使用する「フェスタ(FESTA)」の2種が存在しており、それぞれ異なる価格で顧客が自由に選ぶことができました。これらは「アルピナ」グレードよりも低価格に設定されていることから、アルピナのディフュージョンモデルとしての位置付けだったものと思われます。

 

 

 

こちらの資料は1937年の雑誌に掲載されていた、アルピナがドイツ市場で展開していたモデル「トレゾール」の宣伝広告です。ドイツ語で書かれていますが、「アルピナ(Alpina Werk)、ギルデ(Gilde Werk)、フェスタ(Festa Werk)」の3種がそれぞれ異なる価格で表示されているのが分かります。ちなみに当時の通貨はライヒスマルク(Reichsmark = RM)です。
右側の説明文も興味深い内容ですので、翻訳してみました。
「10年以上の経験から生まれた時計”トレゾール”。使用中にいつも時計のお手入れができないアクティブな方にぴったりの時計です。信頼性の高いムーブメントは、しっかりと密閉されたクルップ社製ステンレススチールケースの中で、外部からの有害な影響から保護されています。時計の風防は圧入されており、割れないようになっています。 この腕時計は Alpina Deutsche Uhrmacher Genossenschaft が販売する特別製の証として、赤いシールドタグが着けられています。それはこの腕時計が、同じ価格帯の中でも最もリーズナブルな価格を実現していることを意味しています。 “トレゾール”は Alpina Deutsche Uhrmacher Genossenschaft の加盟店でのみ手に入れることができ、それは赤い「三角形の中の円」のマークを見れば分かります」
「赤いシールドタグ(”die rote Plombe”)」というのは、下の画像の腕時計に付属している、赤いロゴがついたタグのことです。右が1930年代のアルピナ・ドイツ(ADUG)社製で、左はドゥゲナ社製の腕時計。ドゥゲナの腕時計は必ず”DUGENA”の名前が入り、かつ1950年代以降に作られたものなのですぐ分かります。

 

 

 

 

こうしてようやくひとつの謎が解けました。特に”FESTA”はドゥゲナの腕時計にも用いられているモデル名なので、長らくその違いがよくわからなかったのですが、おそらくアルピナのドイツ支店であるアルピナ・ドイツ(ADUG)社が独自に国内向けに展開したモデルで、戦後になってドゥゲナがこのモデル名を受け継いだものと思われます。
ちなみに”Siegerin”という名を冠した腕時計も存在しますが、こちらはムーブメントはアルピナを搭載しています。”K.M(Kriegs Marine=ドイツ海軍)”の表記を持つSiegerinも多い特殊なレーベルです。

 

 

 

 

 

*アルピナに関するその他の記事

Brand Story: Alpina Union Horlogère