腕時計はウェアラブルデバイスであるため、機能上絶対に必要な部位があります。

 

それらは多くの場合紋切り型のデザイン。例えばゼンマイを巻くリューズ、装着するためのベルトを取り付ける2カ所のラグ、そして文字盤やムーブメントを覆い保護するケースなどは、腕時計が腕時計であるためのファンダメンタルな部位ですが、メーカーは顧客の安心感とともに製造コストの削減を得るため、往々にしてある程度定番的なデザインやスタイルを流用します。
それに反駁するかのように、機能性を度外視した芸術的なケースデザインもヴィンテージウォッチには多々あり、場合によってはそれが新しい典型として模倣されることもありました。advintageの腕時計が多くセレクトされる1940年代から60年代は、ケースデザインの潮流においては戦国時代ともいうべきシチュエーションで、良い意味で迷走したデザインが他の時代よりも多く見られる、ある種幸福な時代でした。

 

一番わかりやすいラウンドケース以外の変形ケースは後回しにして、まずは「あるべきものがない」という違和感がもたらす個性が味わえる作品群からご紹介します。

 

 

 

ドイツのウォッチブランド〈シュトーヴァ〉の姉妹ブランド〈エルゾ〉の腕時計。
ベルトを取り付けるラグがケースの後ろに隠されていて、正面から見るとまんまるにしか見えません。「フライングソーサー(空飛ぶ円盤)」とか、「UFO」などと呼ばれる希少なケースで、この個体だけでなく他のブランドからも1930年代から40年代に同様のデザインが散見されますが、アール・デコの影響が薄れる1950年代以降はほとんど姿を見せなくなります。
まるでベルトがラウンドケースから直接生えているように見える様は、パッと見ると指輪のようでもあります。

 

 

 

 

続いてはこちら。〈ホヴェルタ〉の「ロトマティック」という自動巻きムーブメントを搭載したオートマティックモデルです。
これも見てお分かりのように、リューズが見当たりません。「ヒドゥンクラウン」という呼称で呼ばれることがあり、こちらは自動巻きの進化により、リューズによって手動でゼンマイを巻き上げる必要性が薄れてくる1950年代末以降から散見されるもので、ケースの内側に用意されたスペースにリューズを隠し左右対称のフォルムを強調するという特異なスタイル。
このホヴェルタの場合はセンターセコンド仕様に加えインデックスも抽象的なデザインのため、ケースだけでなく文字盤も左右対称を意識したものとなっています。

 

 

 

 

 

最後にラージサイズが異彩を放つ〈エテルナ〉のシリンダーケース。
何がないかというと、ベゼルです。一般的には強度の確保のためある程度ベゼルに厚みを持たせるものが腕時計の大半を占めますが、それを極限まで薄く仕上げ、正面から見るとほぼ全ての面積を文字盤が占めるという非常に新鮮なビジュアルを生んでいます。ただでさえ35mmのジャンボケースなだけに、そのインパクトもとんでもないことに。
以上、ユニークなケースデザインの腕時計は足し算的なデザインをイメージしますが、まずは引き算的デザインの妙を皮切りとしました。以降もさらにご紹介を続けますのでご期待ください。