今月のテーマのもう片方、リップについて。
機械式腕時計の圧倒的シェアはスイスが握っていて、たぶん高級腕時計といえばスイスというイメージ。それは今も昔もほとんど変わっていません。しかし第二次世界大戦後、一時的にスイス製以外の腕時計メーカーが勃興した時期がありました。
第二次世界大戦までは、唯一圧倒的な物量で安定的に国産の腕時計を供給するメーカー(ハミルトン、ブローバ、ウォルサムなど)が存在した米国を除き、ヨーロッパ各国はミリタリーウォッチの多くをスイスのメーカーから供給を受けていました。人命を預かるハイパフォーマンスが要求されるミリタリーウォッチは高額。さらに実戦で用いられる中で必然的に消耗する反面必須装備であるため、メンテナンス体勢も不可欠。
そうした経緯の中で腕時計の軍事的価値の認識され、同時に民生における需要も見込まれたことから、戦後各国で腕時計の国産化が進められます。
それまで懐中時計やその他計器類しか作っていなかったスイス以外の老舗メーカー、特に英国のスミス、ドイツのユンハンスなどが戦後急激に国産腕時計を製造し始めました。
ただしこれら以外に多くの非スイスウォッチメーカーが勃興したものの、そのほとんどは短命に終わり、1940年代から60年代の限られたスパンで巻き起こった潮流は、ダイナミズムあふれる魅力的な動きでした。
前置きが長くなりましたが、リップもその戦後の各国国産腕時計開発の波の中心的存在。これまでadvintageではリップの腕時計をたびたび取り扱ってきました。その歴史や詳細はこちらの記事( » "JOURNAL" )に譲りますが、驚くべきことに1867年の創業から現在も続く長い歴史を誇る老舗です。
スイス以外の時計メーカーとして1970年代のクォーツショックを乗り切った稀有な存在。その際の経営方針の特徴は、安価な腕時計の製造への早めの切り替えと、それに伴う日本やアメリカの時計メーカーと協業した電池式ムーブメントの開発を早めに進めたという点にあります。
同時代に腕時計の国産化を始めた英国のスミスとしばしば比較されますが、同社は電池式ムーブメントの開発をせず、スイス製の安価な機械式ムーブメントに切り替えたものの、結果としてクォーツショックの波に飲み込まれ撤退に追い込まれました。その点で民生腕時計ビジネスの潮目を読む力に優れていたと言えますが、ヴィンテージウォッチという視点で見ると、1950年代後半以後のリップの腕時計の多くは、個人的に見るに堪えません。薄張りで安っぽいケースのメッキ、簡素なムーブメント、デザインも迷走が目立ちます。
しかし、1940年代から50年代初頭に製造されたリップの腕時計は、クラシックで力強い王道感のあるデザインに加え、ムーブメントもキャリバーR.25やT.18といった、質実剛健なメイド・イン・フランスの名機が搭載されています。
advintage の推しは、なんといっても「チャーチル」の愛称を持つリップのレクタンギュラー・シリーズ。角型の自社製ムーブメントT.18を搭載し、そのデザインのバリエーションも比較的豊富かつ秀逸です。

 

 

 

多くはクロームプレート/ステンレススチールバックですが、そのプレーティングも厚みのある丁寧な仕事。
さらにこの角形のシリーズの初期に製造されたごく一部には、オールステンレススチール製のモデルが存在します。 こちらがその極めて希少な個体。セクターダイヤルにシルバーギルト仕上げが施された、アール・デコの腕時計デザインの中でも最も高い人気を持つスタイルを採用。硬いステンレススチールの塊を多面体に仕上げた、当時にあって高い工作技術を感じさせるレクタングルケースも異彩を放ちます。

 

 

 

 

数少ないリップのオール・ステンレススチールモデルですが、角形のみならずラウンドケースもそれは同じ。左はスクリューバックケース、右はユニークなラグデザインにスナップ式防水構造で、船舶を意味する「ノーティック」の名を持つモデル。いずれもタフユースを見据えたミリタリーテイストの力強いデザイン。

 

 

 

 

最後にご紹介するのが、リップのレアモデルの、おそらく極限に位置するこちらの腕時計。
18金、スクリューバック、35mmラージサイズというハイエンド三拍子が揃った、リップという枠組みを超えて普遍的な価値を放つ逸品。さらに文字盤には「クロノメーター(CHRONOMETRE)」の文字。R.25をベースに受け石を増設し、ブレゲヒゲゼンマイを組み込んだ特別機を搭載しており、あらゆる面で最高グレードを達成した腕時計です。後にも先にもここまでの物はでてこないんじゃないだろうか。

 

 

 

リップの腕時計は、年代問わず探せばたくさんあります。advintageでも、創業当時からスミスと並んで一生懸命探し続けているブランドです。にもかかわらず、入手できた個体数は過去のアーカイヴを見ての通り、ぜんぜん少ない。
理由は最初散々述べたように、ハイクオリティな腕時計はほとんど1940年代から50年代初頭までという非常に短い間だけ作られていたことにあります。時代の波に合わせて成長を続けた結果、ヴィンテージとしての価値が劣るアイテムが量産されていったことはある種仕方ないこと。
一方でスミスがあれだけの豊富なハイエンドウォッチを生産していたにもかかわらず、時代に野波に乗れなかったというのは皮肉なことですが、後世に残しておきたいと心から思えるような普遍性の高い腕時計は限られているという現状は、逆にヴィンテージ・リップの価値を高めているとも言えます。