ミッドセンチュリーの腕時計に見られるモダンデザインは、「膨張性」というコンセプトに貫かれています。
40年代以前に比べ格段にスクリューバックケースが普及し、ケース自体がボリューム感を持ってくるとともに、特にラグデザインにおいてホーンラグをはじめとする主張の強いものが目立ちます。文字盤もそれに呼応するかのように、ボンベダイヤルと呼ばれる膨らみを持ったフォルムに変化し、アワーインデックスは従来のプリント式からエンボスやアプライド式へ、同じくボリューミーなスタイルが主流となりました。

これらの点はアール・デコ期の腕時計デザインと決定的に異なる部分だと思います。特にケースデザインにおいてはアール・デコを体現した奇抜なレクタンギュラーケースがもてはやされた20年代から30年代とうって変わり、やはり腕時計はラウンド形が最も自然なフォルムであるという購買層の支持が強くなったことも大きな転換点と言えます。
文字盤デザインにもミッドセンチュリーには、ある種ニュークラシックと呼ぶべき典型が生まれます。インデックスの抽象化です。

 

 

 

時間を示すアワーマーカーは、時計が当たり前の存在になったことでもはや数字である必要性がなくなり、抽象的なマークが様々な形で採り入れられました。
棒状のバーインデックスや楔形インデックス、ドットインデックスなど、そのバリエーションは多彩ですが、特に多くの個体に見られるのが楔形インデックス。適度なボリューム感とシャープさが同居し、視認性の高さもあいまって腕時計と最も相性が良かったと思われます。
ちなみに個人的に好きなのは、キューブインデックスとバレット(砲弾)型インデックス。力強く、かつ品がある。僕自身はこういう二面性を持ったデザインに特に惹かれる傾向にあるようです。

 

 

複雑系時計の分野では、戦時中から軍用で製造されていたクロノグラフに加わり、比較的実生活に根ざした多機能腕時計が様々なブランドからリリースされました。アラームウォッチやカレンダーウォッチのバリエーションは、ミッドセンチュリー期において目を見張るものがあります。

 

 

 

機能的なデザインに遊び心が加わったヒドゥンクラウン(隠しリューズ)の腕時計もこの時期には多く見られます。前提としてオートマティックでの巻き上げの高効率化を実現した全回転式ローター付きの自動巻きムーブメントの普及があり、腕時計が自由度を得ることによって現代のファッションウォッチへの端緒となったのも、このミッドセンチュリーだと言えます。

 

 

 

リューズが見えない。今見ても新鮮ですが、当時の人々にとってもパンチのあるデザインだったと思います。でも質実剛健でクラシックを程よく保っているところに秀逸なバランス感覚が見て取れる。個人的に今回のテーマを体現しているのが、こちらのホヴェルタ「ロートマティック」です。
このように腕時計がボリューム感を持ち、遊び心や便利機能を持つ腕時計が盛んになるミッドセンチュリーのデザインは、二度にわたる長い戦争が終わり、次第に人々の生活が豊かになってゆく経済的な変化ともリンクしています。
すべての人々が腕時計をするようになる時代。斬新なデザインや流行のスタイルが生まれながらも、他方それらは「売れる腕時計」へ収斂し、大規模な画一化が始まると、腕時計はステータスを示す装身具という意味合いも強くなってきました。それは令和の時代においては古代の風習ですが、ヴィンテージウォッチという存在の醍醐味はそういった背景部分にもあります。