かつて英国に存在した、純英国製の腕時計メーカー〈スミス〉。
advintageではスミスの豊富なコレクションを持っていますが、コロナ禍で直接買い付けができなかったため、現地のコレクター・ディーラーとコンタクトを取ってリモートで買い付けを続けてきました。
その際一人のスミス・コレクターがリタイヤするということで、彼のコレクションを買い取ってくれないかというオファーを受けました。ほぼ全てのアイテムを彼から譲り受けた結果、advintageのスミスのアイテム数は文字通り倍増。かつてないスミスの物量が、いま手元にあります。
スミスの腕時計についてはこれまでも何度か折に触れてご紹介してきましたが、これを機にもう一度、スミスのラインナップについてまとめておきたいと思います。

■知られざる英国製時計メーカー「スミス」
 

▲19世紀末頃、当時宝飾品店として営業していたスミスのショーウィンドウ

スミスは高品質な機械式時計はもとより、自動車などの計器類の製造を行なっていたイギリスの名門時計メーカーです。その歴史は古く、1851年にサミュエル・スミス がロンドンで創業した宝飾・時計販売店「S. Smiths & Son」にはじまります。

» 詳しくはこちら
特に豊富なバリエーションを誇る人気モデル「デラックス」をはじめとするモデル・バリエーションはもちろん、戦後間もなくリリースされたスミスの初期モデルも、黎明期ならではのプリミティブなテイストが入り交じる表情が魅力的。

 

■エベレスト登頂をきっかけに
スミスの腕時計が初めて世に知られたきっかけは、ジョン・ハント率いる英国のエベレスト遠征隊による1953年5月29日の世界最高峰初登頂と言われています。その際人類で初めてエベレストの頂に立った冒険家エドモンド・ヒラリー卿の腕にあったのが、厳しい環境下でも正確な時間を刻むスミスの「デラックス」でした。

 

 

スミスの腕時計の筆頭に挙げられるのが、1951年から製造が開始されたスミスのベストセラーモデル「デラックス」。その信頼性の高い英国製ムーブメントは言うに及ばず、豊富なデザインバリエーションを持っています。9金無垢をケースに用いたドレッシーな腕時計は、落ち着きのある輝きと控えめな表情に魅了される逸品揃い。そのデザイン性はいずれも懐が深く、意外なほど洋服を選びません。

 

 

 

 

▲銀無垢のデニソン社製アクアタイトケースを装備した幻の「デラックス」。1954年製

 

 

▲デラックス・シリーズは文字盤デザインだけでなく、テクスチャーもユニークなバリエーションが存在

 

 

 

▲おそらく「デラックス」の中でも最もゴージャスな文字盤デザイン。贅沢なギョーシェ彫りが中央に施される

 

 

 

そのエベレスト登頂を記念し、デラックスを越えるフラッグシップモデルとして翌年1954年にリリースされたのが、その名もズバリ「エベレスト」。
基本設計はデラックスに依拠しつつ、受け石が通常よりも多く用いられたハイエンドなムーブメントを採用しているのが特徴です。ただし製造個数は極端に少なく、スミス屈指の希少モデルのひとつとなっています。
 

■その後も続々と名作をリリース
デラックス、エベレストに続いて発表され、1960年代末までロングセラーを続けたのが、「アストラル」。

 

 

デラックスに負けず劣らず豊富なバリエーションを誇り、当時のトレンドを反映したシンプルかつモダンなデザイン性が特徴です。ちなみにこのアストラルの名前は、元々19世紀にH.ウィリアムソン(H. WILLIAMSON LTD.)社が保有していたブランド名で、後にスミスに吸収された珍しい経緯があります。

 

 

▲アストラルの中でも唯一、楔形インデックスが三面カットの立体成型となった特別なモデル。

アラビア数字も微妙に細身で上品さを増している

 

■新型ムーブメントの開発
 

さらに1958年、スミスは新たに新型ムーブメントを開発します。レイアウトを大幅に刷新し、受け石を19石とした事実上の最高位機種、CAL.1014。このムーブメントを搭載した新たなフラッグモデルが、こちらの「インペリアル」です。ロゴは筆記体に一新された一方、デラックス・シリーズに冠せられていたクラウンロゴはしっかりと継承されています。

 

 

 

 

 

これがスミスの最晩年モデルであり、アストラルとともに1960年代末までリリースされたスミス最後のハイエンドモデルとなりました。

 

 

▲左はスミスの腕時計の中でも数少ない、25石の自動巻きムーブメントを搭載したオートマティックモデル。
右はオールSS製ケースを採用した、こちらも希少モデル。

 

 

■貴重な初期モデル
忘れてはならないのが、スミスが初めて国産腕時計の製造を開始した1947年から、デラックスがリリースされる1951年まで、数年間だけ製造された数少ない初期モデル。

 

 

 

スミスのロゴのみ冠せられたシンプルな文字盤。デラックス以降のスミスの腕時計デザインとは明らかに異なる、プリミティブな表情。「プレ・デラックス」とも呼ばれますが、これを抜きにスミスは語れません。
そのケースはいずれも英国のウォッチケース専業メーカー〈デニソン ・ウォッチケース・カンパニー〉が手掛けており、その後数多くのスミスの腕時計は、このデニソン社がウォッチケースを手掛けることになります。同社はロレックスやオメガといった名門ブランドのケースも数多く手掛けており、ケース専業メーカーの草分けですが、スミスはムーブメントはもとより、ケースまで英国製にこだわった数少ないウォッチメーカーと言えます。
ちなみに「デラックス」シリーズが初めてリリースされた1952年は、この初期型のデザインにDE LUXEのロゴと王冠マークを持つ唯一の年。製造数が極端に少なかったためその姿を見ることはまずありませんが、この超レアモデルも今回入手に成功しました。スミスの腕時計のデザインがダイナミックに移り変わっていく過渡期。

 

 

 

 

 

■他社別注モデルの豊富なラインナップ

まだまだ忘れてはならない存在があります。それが最後にご紹介する他社別注品です。
当時〈J.W.ベンソン〉や〈ガラード〉をはじめとした英国の宝飾品販売店は伝統的に自社ブランドを冠した腕時計を販売していましたが、その製造を担ったのは主にスイスの時計メーカーでした。しかし戦後すぐ、スミスが純英国製の腕時計を作り始めたことは、彼らにとってまさに朗報。スミスは様々な英国ジュエラーの腕時計の別注を行い、そこにも多くの名品が生まれました。
中でも特にバリエーション豊富なのがJ.W.ベンソンの腕時計です。

 

 

 

デザインのベースはスミスの腕時計を踏襲しつつ、アレンジが効いているのがスミス製ベンソンの特徴。とりわけローマンインデックスの文字盤はアイコニックで、当時ほとんどのスミス製ベンソンはこのローマンインデックスがモチーフとなります。

 

英国王室御用達ジュエラーとして名高いガラードも、スミスに別注品を依頼しています。特に有名なのが、デニソン社の名作「アクアタイト」の金無垢モデルを使用したウォータープルーフケースの腕時計。スナップバックに比べずっしりと重量感があり、クラシックなドレスウォッチながら実用性が高いのが特徴です。

 

▲デニソン社製アクアタイトケースを装備したゴージャスなモデル。ブリストル、

フォードといった自動車関連企業のプレゼンテーションウォッチが目立つ

 

隠れた老舗ジュエラー〈ジェームズ・ウォーカー〉は、スミスの腕時計を取り扱う一方で自社名を冠した腕時計を別注していた珍しいリテイラーのひとつ。こちらは初期型が製造されていた1940年代末頃のものですが、ベンソンとガラード以外のジュエラーはほとんどこの時期、つまりスミスが腕時計の国産製造開始に乗じた形で別注が多かったようです。

 

 

ここまでスミスの豊富なバリエーションが揃うのは、後にも先にも今が最後かもしれません。

この記事に載っているスミスもごく一部です。気になる方は是非お問い合わせを。