前回の記事では1910年代から1940年代にかけて数多くの腕時計のデザイン事例を時系列で並べ、それぞれの時代の特徴を抽出しながら、本来装飾全般に流布していたアール・デコが腕時計のデザインとしてどのように浸透し、そして独自のデザインに変化していったかを分析して見ました。

その中で大きな画期となったのが、1930年代中頃に現れ始めた「セクターダイヤル」という文字盤のスタイルでした。

それまでの主流はアワーマーカーをアラビア数字やローマ数字で直接的に表すというプリミティブなスタイルでしたが、この頃から徐々に時間を示すマーカーが数字である必要性が薄れ、抽象的な棒状のインデックスが用いられ始めます。

新しく生まれたその棒状のインデックス、バーインデックスは、今度はアール・デコ以前からポピュラーだったレイルウェイ・インデックスと呼ばれる文字盤外周で分を示すスケールと合体し、時間と分とを分けつつも有機的に視認できるようなデザインが生まれました。

これがセクターダイヤルの原型です。

この「分ける(=セクター)」という意識が、今回のテーマのキモ。

腕時計は、アクセサリーである以前に時計としての機能性、視認性が重要です。そのためアール・デコという当時流行りのデザインの潮流も、腕時計においては視認性にバイアスがかかる。

ここで何が起こったかというと、アール・デコと機能性の化学反応でした。

アール・デコ特有の幾何学的な線によって、文字盤を情報ごとに「分ける」ことで整理する。その上で斬新なデザインと視認性の確保するという、腕時計のアール・デコの極みというべき新しいスタイルが誕生したのです。

ちなみにセクターの第一義は「扇型」。まさにアール・デコのデザインに共通する重厚にセクター化されたデザインは扇型の集合体と言えます。

こちらはモバードが1930年代に製造したセクターダイヤルの腕時計。その文字盤デザインは全く同一ながら、左のセンターセコンドモデルは秒のインデックスが文字盤最外周に追加。対して右のスモールセコンドモデルはそれが不要なため、幾分すっきりとした印象。

ここで興味深いのは、デザインを大事にしつつも、やはり機能性も疎かにはしていないという点。ひとつのケーススタディに過ぎませんが、なんだか当時の時計デザイナーの心境に触れた気がして面白いですね。

特にセクターダイヤルの中でも、このように12、3、6、9の四方(スモールセコンドの場合9は省かれる)にアラビア数字が置かれたデザインは特に数が少ないため、ヴィンテージ市場では特に人気があります。

最後に1937年のロレックスの広告を。セクターダイヤルが大半を占める錚々たるアール・デコの顔ぶれですが、今回advintageでご提案している腕時計の中にも同様の顔がたくさんあります。

まあ、ロレックスではありませんが。