腕時計が本格的に実戦に投入され始める契機となった第一次世界大戦。その際にあった様々なケースデザインのバリエーションのひとつに、クッションシェイプがありました。
角形のようでいて緩やかにカーブを描くユニークなシルエットが、まるで座布団の形のようであることがその名の由来。もとはミリタリーウォッチに端を発するトレンチデザインながら、ドレスウォッチの典型として1940年代末頃まで好んで用いられたスタイルのひとつです。
1940年代に製造されたこちらの銀無垢と金無垢のクッションケースモデルは、ポーセリンダイヤルや針のデザインなど、懐中時計のディテールを多分に残したスタイルが特徴的。
こうしたクッション・デザインは、1950年代以降はほとんど目にしなくなります。アール・デコ期、半ば狂騒的に巻き起こる、ラウンド形ケースからの脱却という潮流の中で生まれた、徒花的クラシックと言えます。
その独特の乳白色が魅力的ですが、他方その扱い方にも注意が必要なのがポーセリンダイヤル。基本的にメタル製のベースプレートに乗っているとは言え、硬い床の上に落下させたり強くぶつけたりすると割れる可能性があるので、ラフな扱いは禁物です。
こうしたポーセリンダイヤルをはじめ、懐中時計のディテールを継承するクラシックな腕時計は、扱う人自身も当時のことに少し思いを馳せる必要があります。移動・通信手段が発達した今ほど時間がスピーディに過ぎていなかったこと、「メンテナンスフリー」なんて言葉はない時代だったこと。
アウトドアやタフな環境で使う時計はそれ用のものがあったし、ドレスウォッチはドレスウォッチとして然るべきシーンで、いずれも大切に着用するものでした。ドレッシーな場面でダイバーズウォッチとか、たとえロレックスでも本来は場違い。昔と今とでは、腕時計に対する意識がだいぶ変わっているとは言え、長い年月を経た旧い腕時計を身につけるなら、それなりの敬意を払うべきなのかもしれません。
メンズファッションにおいてはことさら、腕時計にもビジネススーツのような汎用性が重視される昨今。装身具をシーンによってきちんと使い分けることを意識すれば、気分も少しリッチになる気がします。