今回のブランドヒストリーは、〈シーマ〉と〈タヴァンヌ〉。
シーマは聞いたことがある方もいらっしゃると思いますが、タヴァンヌは「?」という感じでしょうか。実は、両者はいわば兄弟姉妹のような間柄なのです。
 

先に誕生したのは、実はタヴァンヌの方。その名は創業地であるスイス・タヴァンヌから由来しており、1891年にアンリ・フレデリック・サンドスという人物によって設立されました。すでに彼は1870年に〈アンリ・サンドス〉という時計組立工房をスイスのル・ロックルに設立し、息子のユールに経営を任せていたところでした。アンリはタヴァンヌ(Tavanes Watch Co. SA)を設立すると、最新の工作機械を導入しムーブメントの自社製造を開始。この自社製ムーブメントはタヴァンヌの腕時計だけでなく、その他のウォッチブランドにも販売すると言うビジネスモデルも同時に確立しました。

 

このタヴァンヌの成功を支えたのが、ジョセフとテオドールのシュウォッブ兄弟の時計組立販売会社〈シュウォッブ&フレール〉でした。サンドスは彼らと協業することで、シュウォッブ社がすでに開拓していた販売網を活用でき、ほどなくしてその販売数は右肩上がりに成長します。このシュウォッブ兄弟の経営する会社は、1862年にスイスのラ・ショー=ド=フォンで操業を開始し、ヨーロッパのみならずアメリカにも販売網を持っていました。

 

そしてタヴァンヌとシュウォッブ社の協業から生まれたのが、何を隠そう、このシーマなのです。シーマはタヴァンヌ製のムーブメントを搭載し、売れに売れました。結果的にタヴァンヌの腕時計販売を早々に追い越し、その名声も一気に広がりを見せることに。この両者は各々独自の展開をしつつも、「タバンヌ・シーマ」あるいは「シーマ・タヴァンヌ」のブランド名等で時計をリリースしていたほか、互いに自社ムーブメントを共有することもしばしばありました。

 

 

現行品でもしばしば目にするシーマ。advintaeでもちょこちょこ登場するこのブランド、個人的に思い入れの強い存在で、スミス以外で偏愛的に仕入れているブランドのひとつです。
ヴィンテージ界隈でシーマといえば、俗に「ダーティダース」と呼ばれる英国陸軍モデルが有名。堅牢なステンレススチールのスクリューバックケースと質実剛健な手巻きムーブメントが特徴ですが、その信頼性の高い時計作りは民生用の腕時計にも活かされています。

 

 

 

こちらの対の腕時計は、当時シーマが防水性を売りにしてリリースした〈ウォータースポーツ(WATERSPORT)〉という1940年代のモデル。小振りで腕元の邪魔にならない機能性を重視したデザインを持ちながら、やはりヴィンテージならではのクラシックな魅力を十分に備えています。
一方で、クラシカルなモデルやクロノグラフなど、非常に多彩なラインナップを展開していた実力派の時計ブランドがシーマの第一印象。

 

 

質実剛健なシーマの腕時計に対して、タヴァンヌの特徴は何と言っても独自のウォータープルーフケースへの取り組み。現行品では当たり前となったスクリューバックケースが、まだ技術的にハイレベルであった当時、様々な工夫を凝らしたケースデザインを楽しめるのがタヴァンヌの魅力です。創業者のアンリ・サンドス自身が、腕時計のケースやムーブメントに関して数多くの特許を取得したインベンターであったこともあり、タヴァンヌのアイディアや技術は、シーマをはじめとする派生ブランドにも満遍なく用いられています。

 

 

 

この広告の下から2番目にあるユニークなラグデザインを持つモデル。こちらもシーマと同じ「ウォータースポーツ(WATERSPORT)」のペットネームを持つ防水ケースが自慢ですが、その構造はスクリューバックではなく、4つのビスでベゼルと裏蓋を密閉するクラムシェルと呼ばれる特殊な構造を採用しています。

 

 

 

そのユニークなラグデザインを持つクラムシェルケースは、他のブランド名義でも用いられています。左は〈アドミラル〉名義ですが、やはり「ウォータースポーツ(WATERSPORT)」のモデル名が。右はタヴァンヌ名義で、最近「トレ・タケ」と呼ばれてトレンド入りしている三つ爪のスクリューバックケース。

 

 

 

あの〈J.W.ベンソン〉にも。個人的に最も好きなケースデザインです。

 

 

 

このようにシーマとタヴァンヌは自社以外のブランドやショップの腕時計を手掛けていることも多く、特にこの英国の宝飾店J.W.ベンソンとの関係が深いことで知られています。
下はベンソンの腕時計の中でも最も人気の高い、フランソワ・ボーゲル社が手掛けた防水構造を持つクッションケースにポーセリンダイヤル。懐中時計を思わせる腕時計ですが、熱帯地方のような高温多湿な環境でも着用できるという触れ込みで、当時「トロピカルウォッチ」とも呼ばれていました。

 

 

 

年代によってケースの構造がモデルチェンジされており、こちらは最も古いタイプ。アウターケースとインナーケースに分かれており、ねじ込み式のコインエッジベゼルがインナーケース内部ムーブメントを直接密閉する、手の込んだ作り。後期モデルになるとシンプルなスクリューバックに変更されるため、非常に貴重な個体です。
シーマ・タヴァンヌの面白さは、その百花繚乱とも言えるバリエーションにあります。特に自社以外の多くの時計ブランドに対して行っていたOEMでもまた、シーマ独自のデザイン性を持つ腕時計が生まれているのです。