英国顏の腕時計。
なんとなくお分かりでしょうか、この顔つき。控えめで偏屈、そして味わいのある顔です。
 

アンティーク 腕時計

いずれも英国市場にのみ流通した腕時計。その土地の美意識に即した結果なのか、三針のスモールセコンドという点を除いても、感性の近いデザイン性が伺えます。
そして今回注目したいのは、中央にある〈クルセイダー〉という腕時計。

ご存知の方はほとんどいないと思います。

 

 

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僕がこの腕時計に惹かれるのは、その英国顏100%のデザイン。彫りの深い表情。特にアラビア数字の存在感や風合いが、飛び抜けて良い。クラシカルで美しいルックス、完璧なレイルウェイ・インデックスが全周を包括しているのもニクい。
その素性はほとんど明らかになっていません。が、僕は今までに何度か出会ったブランドで、ずっと気になって探していました。数少ない情報を纏めると、そのブランドは1872年にバーミンガムで設立された〈アディ&ラブキン(Adie & Lovekin Ltd.)〉というイギリスの銀製品メーカーが、1940年代に展開していた腕時計のブランドということになります。

 

 

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この〈アディ&ラブキン〉、1968年に閉鎖されるまで主にシルバーの皿やカトラリーその他の銀製品を製造していました。ジュエラー(宝飾品店)が腕時計ブランドを持つということは、英国以外にも世界的なブランドを含めて数多く例があります。しかしジュエラーでも時計メーカーでもなく、「シルバースミス(Silversmith=銀細工師)」が腕時計ブランドを展開するというのは、とても風変わり。それでいて、非常に英国らしい背景と言えます。
クルセイダーの腕時計は、市場では1930年代から1950年代後半頃のものが散見されます。スイス製のムーブメントを輸入し、英国内でケーシングする、典型的なエタブリスール・ブランドですが、その仕様は極めてユニークなものです。
その腕時計の多くは、この画像のように透明なフィルムを用いたシーリングキャップを備えています。中には天然ゴムで固定してあり、「クルセイダー・ギャランティー・シール」と称して、このシーリングが無事であれば補償対象とする旨を明記してある腕時計もあります。ちなみにこちらは緩急針とリューズ取り外し用のビスを操作できるようスリットが入ったタイプ。

 

 

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さらに特筆すべきは、クルセイダーの腕時計のほぼすべてがデニソンケースを採用しているということ。ステンレススチールはもちろんのこと、銀無垢のケースも存在します。
デニソンケースと言えば、英国が誇る高品質ウォッチケースの代名詞。〈ロレックス〉や〈オメガ〉の英国市場向けモデルの多くには、この〈デニソン〉社のケースが採用されています。当然ながら英国時計の雄〈スミス〉も、このウォッチケースブランドを好んで使っていました。
トップに挙げたの3本の腕時計に、デザイン性以外にも何となく似ていると思った方はさすが。いずれもデニソンケースを採用したモデルです。〈ティソ〉〈クルセイダー〉〈スミス〉と、ブランドは違えどその美しいケースフォルムは唯一無二。
※関連記事 ≫≫デニソンケースについて

 

 

またベゼル一体型のワンピースケースと、溝が深く切り込まれた密閉製の高いスナップバックにより防水性が高められた特殊な構造は、“MERMAN(人魚)”のペットネームをまさに体現しています。「デニソンケースにこんなバリエーションがあったのか」と、僕自身も驚かされたモデルでもありますが、スクリューバック式がまだ最新技術であった時代、腕時計の防水性について様々な試行錯誤が行われた愛すべき時代の産物と思うと、その存在感も増幅します。

 

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クォーツショック以前は、星の数ほどという形容詞が当てはまるくらい、本当に数多くの時計ブランドが存在しました。通り一遍等のものもあれば、現代では考えられない異色な世界観を持つものもあり、〈クルセイダー〉というブランドは、その良さを正しく見出されるべきブランドのひとつであることは言うまでもありません。

 

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