デニソンケースという腕時計のケースをご存知でしょうか。

デニソン・ウォッチケース・カンパニーというイギリスの会社が製造していた時計ケースを総じてこのように呼びますが、スミスをはじめとするイギリスの時計メーカーだけではなく、ロレックスやオメガといった世界的な高級ブランドもこのデニソンケースを採用していました。この英国製の高品質ケースはイギリス市場にのみ供給され、海外に輸出されることがなかったため、クオリティの高さだけではなく希少性の面でも価値の高いケースとして人気のある特異な存在。

デニソン・ウォッチケース社の歴史は古く、1862年にアーロン・ラフキン・デニソンというアメリカ人によってバーミンガムに設立されました。このデニソンという人物は、時計の歴史の中でもかなり重要な役割を果たしており、とりわけその業績は1850年のウォルサム社の設立が有名です。その後デニソンはイギリスに渡り、今度はバーミンガムで懐中時計のケースを製造しウォルサムのロンドン支社へ供給する計画を1862年にスタートします。ちなみに英国でウォルサムの時計が比較的多く流通していたのも、そうした背景があったようです。

デニソンケースは、腕時計のジャンルでは基本的にラウンドシェイプとクッションシェイプしかありません。ただしその素材や構造はいくつかのバリエーションがあり、《デニスチール》と名付けられたステンレススチールを中心に、金無垢や銀無垢といった高級素材が使用されたものは特に高い人気を誇っています。イギリス市場でしか流通していなかったため、金無垢は9金、銀無垢は銀含有率925パーミルのスターリングシルバーである点が特徴です。

いくつかのバリエーションを見てみましょう。

 

 

アンティーク 腕時計
 

まずはスミスの初期型ムーブメントの傑作を搭載した1940年代のデニソンケース。スターリングシルバーが素材に用いられた銀無垢製のクッションスタイルです。”A.L.D”とは、”AARON LUFKIN DENNISON”というデニソン自身のイニシャルで、いわゆるメーカーズマークというホールマークの一種でもあります。

 

 

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こちらはオメガの1940年代の個体で、ベゼルと裏蓋が蝶番で連結された古典的なスタイルの金無垢ケース。英国市場では9金という実用性重視の純度が好まれていたようです。

 

 

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同じくオメガの1950年代製のラウンドシェイプのデニソンケース。「デニスチール」の表記が見られます。

 

 

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こちらも金無垢ですが、デニソン社のブランドロゴがないバージョン。”A.L.D.”とあるため、デニソン社のものと分かります。スミス製のムーブメントを積んだJ.W.ベンソンによる腕時計。

 

 

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あのロレックスもデニソンケースを使用していました。ラウンドシェイプの金無垢ケース。

 

 

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こちらは「アクアタイト・ケース」と呼ばれるデニソン社のスクリューバック式防水ケース。

”DQ”=“DENNISON QUALITY”の刻印が特徴で、ジョン・ハント率いる英国のエベレスト遠征隊による1953年5月29日の世界最高峰初登頂の際、かのエドモンド・ヒラリー卿がエベレストの頂上で着用していた腕時計は、まさにアクアタイト・ケースのスミス社の高級モデル「デラックス」でした。

 

イギリス製の腕時計はその独特のデザインや雰囲気が魅力的ですが、ケースも”MADE IN ENGLAND”にこだわっていました。デニソンケース以外にも英国製のウォッチケースメーカーはいくつかあり、イギリス市場で流通していた腕時計に散見されます。「時計と言えばスイス製」と多くの人が言う中で、ケースを含めて頑固に英国製を貫くその姿勢は、かつて19世紀に比類ない技術力を誇った英国の時計製造技術の矜持を感じます。

今回はちょっと蘊蓄メインのボリューミーな内容となりましたが、これも楽しむべき時計の魅力のひとつだと思います。