今月のテーマは、ミント・ウォッチ。今回は初めて、デザインやスタイルといった造形についてではなくコンディションという側面にフォーカスします。
「ミント=真新しい状態」というヴィンテージ市場で用いられる用語については扱う人によって尺度が変わるため、非常にセンシティブなテーマではありますが、今回の特集で考えたいのは、ヴィンテージウォッチという半世紀を優に超えて100年に迫ろうかという極めて古いアイテムが、未使用もしくはそれに近い状態で2020年の今、目の前に存在しているということ。
これはもう、奇跡と言えます。使用感のないケースの真新しいテクスチャー、つい最近仕上げられたような新品同様の文字盤。ヴィンテージ特有の使い込まれた味わいやエイジングの妙が一切ない。しかしそれは紛れもなく半世紀以上前の腕時計だったりする。どこか非現実的な、まるでそれがタイムスリップして手元に現れたような気分さえ味わうことができる。
ヴィンテージウェアでもデッドストックはしばしば出てきますが、多くは大量生産社会が成熟する70年代以降。30年代のミントコンディションの腕時計となれば、用途や素材の耐久性の違いはあれど、その希少性の違いは言わずもがな。なんとなくヴィンテージウェアの感覚でデッドストックの1940年のヴィンテージウォッチを眺めるのは、ちょっと違うんじゃないか。
そういう奇跡を、できるだけ多く体験してもらいたい。そんな思いを今月のテーマには込めたつもりです。
ヴィンテージウォッチはおもしろいもので、腕時計という道具あるいは装飾品という実用的な側面と、骨董品という非実用的な収集アイテムという側面の両極端を併せ持つアイテムです。後者においては、やはり希少性が大きく物を言う要素になります。ややもするとヴィンテージウォッチ本来の身につける楽しみが損なわれかねないテーマで、いままで敬遠してきたのですが、あえて今回はそれに挑戦したいと思います。