「アール・デコ」の名称は、1925年に開催されたパリ万国装飾美術博覧会、正式には「現代装飾美術・産業美術国際博覧会」(Exposition Internationale des Arts Décoratifs et Industriels modernes)からアール・デコラティフ(Arts Décoratifs)をとって後年名付けられことで有名です。
その目玉こそ、あの〈カルティエ〉の腕時計。
それから約15年後、フランス生まれのアール・デコはポピュラーなデザインソースとして様々なプロダクトに影響を与えつつも、同時期にドイツで生まれたバウハウスというもうひとつの巨大な潮流も合流し、ユニークな形となって1940年代に現れてきます。
1940年代の腕時計に見られるアール・デコの文字盤デザインは、主に以下の3点で構成されます。
レイルウェイ・インデックス
折り重なる線
アラビア数字
レイルウェイ・インデックスとは、鉄道線路を意匠化したミニッツインデックスのことで、古くから用いられる伝統的な時計デザインであると同時に、アール・デコの様式美を象徴している幾何学的なデザインです。
LIP / "T18" 1940'S » item page
そのデザインはミニッツインデックスのみならずスモールセコンドにも伝播。レクタングルケースのフォルムからはじまり、文字盤のフォルム、レイルウェイ・ミニッツインデックス、スモールセコンドと、リズミカルな相似形の連続という幾何学性に加え、直線のみで構成されたデザインにこそアール・デコの真髄が伺えます。
1920年代に生まれた新しい腕時計のケースフォルムとして角形がもてはやされたのも、この直線性へのこだわりに理由を見出すことができます。
翻ってラウンド形の腕時計。
こちらも同様にレイルウェイ・インデックスを効果的に用いた文字盤が多く見られます。
LACO / "SPORT" WASSERDICHT 1940'S
WEST END WATCH CO. / "SOWAR" Ladies 1940'S
この両者に共通するのは、レイルウェイから太い線を外側もしくは内側に向かって延ばす、広義のセクターダイヤルと呼ばれるデザイン。曲線が文字盤デザインのベースとなるラウンドシェイプの腕時計には、このような形で直線を織り交ぜる工夫が見られます。
また文字盤を均等にセクタリングすることによって生まれるアーティフィシャルなデザインは、当時人々の魅力を惹き付けていた大量生産の意識を意匠化したものでもあります。
さらに1940年代後半になると、線の配置と並行してこちらのようなツートーンダイヤルによって文字盤に幾何学的な模様を生み出すといった手法も見られるようになります。もちろんこれはアワーマーカーとなる部分の視認性を高めるためでもあり、腕時計が持つ実用品としての性格から生まれたユニークなデザインと言えます。
BRAVINGTONS / "WETRISTA" 1940'S
アール・デコ全盛の1920年代では、主にローマ数字がアワーマーカーに採用される傾向がありました。直線を多用するアール・デコのデザインとローマ数字の特徴がマッチしていたことがその理由としてあげられますが、1930年代以降はアラビア数字インデックスが多用されるようになります。
この傾向はアール・デコとは異なるもうひとつの潮流、バウハウスが大きな役割を担っていると思われます。格調が高いローマ数字は似た数字が多く、パッと見たときの視認性は明らかにアラビア数字に軍配が上がります。そうした意味では、1940年代の腕時計デザインは、アール・デコ(装飾の美)とバウハウス(実用の美)という二大潮流のハイブリッドという位置付けが可能かもしれません。
この後、腕時計の文字盤デザインは高度に意匠化され、洗練されていくことになります。僕自身は、プリミティブな雰囲気が色濃い1940年代の腕時計に(いまのところ)惹かれる傾向にあるようです。