アンティークウォッチのアイコンとしてフィーチャーされる「スモールセコンド」。
クラシックでどことなく可愛らしさがありながら、ミリタリーテイストにも通じる武骨さも味わえるということで、昨今の腕時計業界の原点回帰的なデザインにも多く見られます。
ただし現行の腕時計のほとんどは、一部の高級時計やアンティーク風のリプロダクトを除くと、中央に時分針と秒針がセットされるセンターセコンド(中三針)。
その最たる理由は、やはり視認性です。スモールセコンドは小さなサブダイヤルで秒を視認するため、細かく秒数を追うような使い方には適していません。懐中時計はサイズが大きかったのでまだ良い方ですが、1920年代頃から腕時計が市場に登場し、徐々に時計部分が小型化されていきます。
当然スモールセコンドもそれに比例して小さくなってしまい、ついには1秒ずつのインデックスは省略され、より簡略化されたシンプルなデザインのスモールセコンドが主流となっていきます。
 

もともとセンターセコンドの腕時計は、当時腕時計が活躍した戦争や医療の現場における実用性の面から要請された仕様です。
センターセコンドのムーブメントは、見た目の印象から単純なムーブメントというイメージがありますが、実際は技術革新の末に完成した、スモールセコンドより高次のムーブメントだったということはあまり知られていません。時針と分針の歯車がある中央位置に、さらに60秒に1回転する秒針の歯車を置く技術は、当時まだなかったのです。
試行錯誤の結果まず生まれたのが、スモールセコンドのムーブメントをベースに歯車を追加して、センターセコンドを実現したムーブメント、つまり「出車式」と呼ばれる過渡期的なムーブメントです。下はオメガの1940年代の出車式センターセコンドモデル。
ブリッジの上に、追加された歯車(出車)が露出しているのが分かります。この歯車が、中央の秒カナと呼ばれるセンター秒針を動かす歯車へ動力を橋渡ししています。
 

 

他のバリエーションはこちら。ジャガー・ルクルトモバードの出車式センターセコンド・ムーブメント。
 

 

その後、「本中三針(本式中三針)」という、出車を用いないシンプルなセンターセコンド・ムーブメントが開発され、1960年代以降の主流となります。ご覧になると分かるように、すっきりとして合理的な印象。出車式のようなムリヤリ感(?)はありませんが、逆にその味わい深さは失われているようにも感じます。
 

かつてスイスには、多くのエボーシュ(ムーブメント)製造会社が存在していました。現代では《エタ(ETA)》社が全世界のほとんどの腕時計に、ほぼ独占的にムーブメントを供給していて、高級時計ブランドもその例に漏れません。その多くは本中三針のセンターセコンドムーブメントCAL.2824もしくは2892が汎用的に用いられており、パネライなどのスモールセコンドが中心となるブランドは、CAL.6490というスモールセコンドモデルがベースとなっています。
現代機においても、懐古的なアンティーク風のスモールセコンドモデルも見られますが、そのほとんどはこれらの汎用ムーブメントをベースに、わざわざ二階建ての輪列を構築することでスモールセコンドを実装しています。いわばアンティークの時代の逆転現象が起こっているのです。そう考えると、アンティークウォッチのムーブメントがいかに素晴らしいプロダクトかということが実感できるかと思います。
同時に出車式ムーブメントも、実は時計開発の過渡期にだけ存在した特殊なムーブメントであり、試行錯誤や開発過程がうかがえる貴重なプロダクトだと言えます。
現代はムーブメントの製造コストの大半は人件費。製作行程が増えるとコストが大きく跳ね上がってしまいます。アンティークウォッチが作られていた20世紀の前半期は、現代ほど人件費を気にせず開発が行われていました。そのため当時の腕時計は、現代のコスト感覚では考えられない程のハイエンドなムーブメントを搭載しているものが多いにもかかわらず、比較的安価に購入が可能なのです。
アンティークウォッチ特有のディテールは、懐かしさと同時に新鮮さを覚えるのが一番の魅力ですが、その心臓部であるムーブメントの魅力が分かってくると、その味わいは何倍にもなります。