advintageでしばしばご紹介するドイツの腕時計。代表的なのは言わずと知れた〈ユンハンス〉や、ルフトヴァッフェの腕時計で知られる〈ラコ〉、ムーブメントメーカーでもあった〈パラ〉などが挙げられますが、その中でも当店で最も登場回数が多いのがこの〈トリトーナ〉かもしれません。
ただ市場では他のジャーマンブランドと比べ、トリトーナの存在はあまり知られているとは言えません。実際、僕自身も今回リサーチした初めて知る情報も新たにわかりましたので、ここでまとめておきたいと思います。
そもそもトリトーナは、実はドイツのメーカーではありません。ドイツ人オーギュスト・ヘーター(August Hoeter)がスイスに移り住み、彼がラ・ショー・ド・フォンで1872年に設立したヘーター社(Hoeter & Cie)がその母体となります。
1893年、オーギュスト・ヘーターはすでに協力関係にあったギュスターヴ・ロベールとパートナーシップを結び、「Aug. Hoeter & Cie(オーギュスト・ホーター&シー)」を名乗るようになります。
オーギュストが1896年に亡くなった後、事業はその妻マリーが後を継ぎました。その後1907年には、オーギュストの息子アーネスト・ヘーターが会社に加わります。当時はまだ懐中時計の製造が中心で、”TEUTONIA”と”TONA”というブランド名を使用していました。
マリー・ヘーターは1923年に亡くなり、その後、次男のマックス・ヘーターが入社。マックスは時計のメカニズムに精通した技術者でもあり、彼の加入によって多くの特許が申請され、ヘーター社にとって極めてクリエイティブな時代が築かれました。
たとえば1929年、ヘーター社はモバードの有名モデル「エルメト」向けに改良型ガイドシステムの特許を申請しましたが、その後この特許はエルメトの発明者であるユグナン・フレール(Huguenin Frères & Cie)社が購入したことから、非常に重要な技術と認められていたことがうかがえます。
しかしヘーター社の特許の多くは時計の防水性向上に焦点が当てられており、その最大の成果として1933年にステンレススティール製で耐衝撃性を備えた最新式の防水時計、「トリトーナ」が発表されました。
続く1934年には、トリトーナ・ウォッチの防水性を証明するため、ラ・ショー・ド・フォンで開催されたサロン・ドルロジェリー(Salon de l’Horlogerie)においてある実験が公開されました。それは5つのトリトーナ・ウォッチを水で満たされた瓶の中に入れ16日間耐久するという実験で、それをラ・ショー・ド・フォン時計学校の校長が結果を確認するというものでしたが、5本の腕時計は全て完璧に動作していたということです。
ヘーター社はその後も防水時計の技術を高め、この分野の専門メーカーとして評価されるようになります。その後1939年に同社が発表したのが、角型防水ケースのトリトーナ・ウォッチでした。この腕時計は角型時計に防水構造を与えるという当時としては数少ないアプローチに成功しました。この成功をきっかけに、ヘーター社の代名詞であるトリトーナ・ウォッチは防水腕時計として確固たる地位を築くことになりますが、これに目をつけたのが、1944年にヘーター社を買収することとなったブライトリングでした。
当時ブライトリングの社長ウィリー・ブライトリングは、自社の得意分野とも言えるクロノグラフの市場に限界を感じていました。アンジェラス、ホイヤー、アルサ、レマニア、ドクサ、ミネルバなど、多くのメーカーが優れた腕時計用クロノグラフを展開していたためです。そこで彼は「シンプルな腕時計」に目を向け、1944年にはエレガントな角型防水時計を発表しました。上掲したヘーター社の角型防水時計と全く同じケースが用いられているのが下のブライトリングの広告からも明らかです。
しかし腕時計、特に角型時計の防水性は即席で作れるものではなく、専門家に依頼する必要がありました。そこでブライトリングが相談を持ちかけたのが、当時トリトーナ・ウォッチで名を馳せたヘーター社でした。ブライトリングが注目したのはまさにこの1939年にヘーター社が発表した角型防水時計であり、1944年に同社を傘下に収め、その社名を「ブレモン・ヘーター・ウォッチカンパニー(Compagnie des Montres Brémon Hoeter SA)」と命名します。ちなみに「ブレモン( Brémon)」という名称は”Breitling Montres”を縮めたもので、ドイツの会社名でしばしば用いられる手法です。ラコ(LACO = Lacher & Co.)やパラ(PARA = Paul Raff)などが有名。
大きな転機となったブライトリングによる吸収合併の直後に戦後を迎えたヘーター社(ブレモン・へーター)は、その後レディースウォッチ、カレンダーウォッチ、自動巻き時計など、非クロノグラフの腕時計を中心に、ブライトリングのセカンドブランドとしてブレモン・ブランドを展開することとなりました。
さて今回はトリトーナの歴史を紐解いてみました。正直なところ、僕自身つい最近までトリトーナはドイツの時計メーカーだと思っていました。というのも、実際に目にするトリトーナの腕時計には、”WASSERDICHT”や”ANTIMAGNETISCH”など、スペック表記がすべてドイツ語で記載されているからです。しかも当時ドイツの腕時計には製造国の表記が義務付けられておらず、製造国表記がありません。しかし実際にはトリトーナはスイスの時計メーカーによってスイスで製造されたもの。この広告のように、ドイツ語の記載がない個体はまず見たことがありません。
おそらくですが、1933年から10年にも満たない短い期間のうちにブライトリングに買収されてしまった結果、展開市場がほとんどドイツもしくはドイツ語圏に限定されていたからではないかと推測していますが、どちらにせよ、謎めいたミステリアスな存在は、ある種の美しさすら感じさせます。








