ある1本のスミスをとことん掘り下げる不定期企画、アバウト・ア・スミス。今回の個体は数あるスミスの腕時計の中でも屈指の名品、J.W.ベンソン別注のローマンインデックスモデルです。
このモデルは比較的ポピュラーではあるものの、こと今回の個体に限っては珍しい副産物ともに入手できました。それが修理に際して用いられていた配送用のボックスと、その際の修理内容を記した明細書兼請求書が2通。
1956年11月17日の日付の明細にはゼンマイの交換が行われたことが明記されていて、この腕時計の製造年も1956年ということで購入後ほどなくしてゼンマイが切れてしまったようです。これは今でもまれにある不運なケース。
さらにもう一枚の明細には点検、洗浄、ホゾ磨きなど、今も変わらないオーバーホール作業の内訳が明記されており、その日付は1958年7月2日。2年後にオーバーホールしているということで意外とハイペースのように思われますが、この明細書の裏面を見てみると2年毎のオーバーホールを推奨されているため、それに従った可能性が高いと思われます。
もちろん複数の腕時計を使い回せばこの周期を伸ばすこともできますが、実際毎日同じ時計をつけていると潤滑油の減りもハイペースになるほか、塵埃や汗の混入等のリスクも高まり、早めにオーバーホールの時期が来てしまうこともあります。
この明細書の裏面の注意事項は他にも興味深い記述が数多くあり、たとえば、「毎日巻き止まりまでゼンマイを巻き上げること」という点は当店でも実際にお客様にご案内していますが、「巻き上げる回数を数えてその数に従うのは不確実性を伴うため必ず巻き止まりまで」とかなり念入りに注意されています。
このようにゼンマイについてはかなり念入りに注意が記載されており、ほかにも当時ゼンマイの材質は鉄で、その後用いられるようになった合金製と異なり温度変化に弱いため、寒冷な環境を避けて保管するようにと指示されていたりします。特に興味深いのは”No watchmaker can guarantee a mainspring against breakage”つまりゼンマイの破断については全く保証できないと明記されている点です。
この個体が実際に体験したように、納品直後にゼンマイが切れてしまうのは、新品であっても起こりうるということ。ただし鉄ゼンマイが温度変化に弱いことを理解し、そのような環境を避ければ破断のリスクを多少は緩和できるとも付記されています。合金製のゼンマイであれば少しは安心ですが、鉄ゼンマイはそのようなケアがある程度必要ということを示唆しています。
今も昔も変わらない、1950年代の機械式時計との付き合い方を教えてくれる貴重な腕時計。
ちなみに(2)に腕時計を着用しなくてもゼンマイは巻いておくようにという記載も見られますが、これは当時の潤滑油は現行のものと比べ質が悪く、固着する可能性があったためこのような指示がされていると思われます。



