Why I Keep Travelling.

2週間のヨーロッパ買い付けから帰国しました。毎度のことですが、いまだに帰国後の時差ボケがきついです。明け方に目が覚めてしまって、頭の半分がまだ向こうの時間で動いています。

内容的には、今回は豊作と言っていい結果でした。ただ道中ずっと考えていたことがあって、それを言葉にしておきたくて書いています。買い付けのやり方がここ何年かで変わってきていて、そのことを一度整理しておきたいと思っていました。

渡航でしか買えなかった頃

店を始めたばかりの頃は、渡航でしか買えませんでした。

理由は単純で、現地のディーラーと知り合っていなかったからです。誰も僕のことを知りませんから、オファーや現地の情報が送られてくることもありません。だから自分で飛行機に乗って、マーケットを歩いて、自分の目で直に探して拾ってくるしかなかった。

それが何年もかけて変わってきました。同じマーケットで毎年顔を合わせて、何を買っているか見せて、何を探しているか伝えているうちに、いろんなディーラー、それもヨーロッパ各国にディーラー仲間ができた結果、日本にいても良い出物のオファーやマーケットの情報を連絡してくれるようになりました。

また新型コロナの流行も重なって、マーケットが止まっていた期間にオンラインでのやりとりも一気に進みました。InstagramやWhatsApp等のアプリで画像や情報を共有し、そこで売買が完結する。1年を通して現地に行かなくても十分に海外からアイテムを入手することができるようになりました。それでも、渡航費用を払ってでも現地のマーケットを自分の足でまわることの重要性はかけがえのないものです。

海外買い付けの種類

advintage の仕入れは、海外のディーラーからの現地買付にこだわっています。過去に当店で販売したアイテムの下取り等を除き、基本的に国内マーケットは見ていません。年に数回渡航して時計市やディーラー、コレクターと対面するバイイングに加え、日本にいる間も日々現地のディーラーから写真付きでオファーが届きます。年間を通して見ると、むしろ後者の流れから生まれている仕入れもかなりの割合を占めています。

では渡航は何をしているのかというと、年に1、2回行って狙っていたものをハントしてくる、という買い方ではありません。もちろん現地のマーケットで時計を買うことが目的であり、そこで運良く良いアイテムに出会えることができれば最高ですし、渡航のタイミングで前から探してもらっていたアイテムをディーラーから直接買うことはありますが、それは運に左右される話で、行けば必ず手に入るというものではありません。

渡航による現地買い付けは、ただ単に時計を買うと言う行為だけでなく、現地のディーラーたちと顔を合わせて話して、あるいは一緒に食事をしながら、何を買ったか、何を探しているか、何を見送ったか、なぜ見送ったかを話します。そのやりとりが、日々届く彼らからのオファーの中身を変えていきます。高い渡航費や現地滞在費を払ってでも地道に足を運ぶことで得られるのは、これらのオファーの精度が上がるだけでなく、ディーラーとの関係性の構築という重要な目的があります。毎年必ず現地に足を運び、さまざまなマーケットで彼らと再会し、高い入場料を払って早朝のアーリータイムからハンティングをすることで、ヴィンテージウォッチに対する熱意を彼らと共有することができます。それはひいては自分というバイヤーの信頼を築く作業でもあります。

それに、現地に行かないと新しいディーラーにも出会えません。いま持っている経路は放っておけば細くなっていきます。引退する人も出るし、扱うジャンルが変わる人もいます。だからその経路は常に更新し続けないといけない。未曾有の円安、欧米の物価高騰という逆境の中、得られる実利は少なくても、なんとかしがみついて常に貪欲な姿勢を保つことがadvintageの屋台骨を支えていると考えています。

フルトヴァンゲンとミュンヘン

今回はドイツの二大時計市、フルトヴァンゲンとミュンヘンを回りました。

ドイツの南西部、「黒い森」と呼ばれる広大な森林地域の中の小さな町、フルトヴァンゲンで年に一度行われる時計市は、空港の近くで行われる国際色豊かなミュンヘンと比べるとアクセスが困難な一方で、比較的ドイツ市場の腕時計や珍しいアイテムと出会える傾向のあるマーケット。会場を一周して、もう一周して、それでも足が止まる台がほとんどない。これは僕だけの感想ではなくて、顔を合わせたディーラーたちが揃って今回のフルトヴァンゲンは”boring (つまらない)だ”、”market price じゃない”と言っていました。要するに卸価格というより小売価格に近い値段が多くのアイテムで見られたということです。

一方でミュンヘンのほうは、開催頻度も高くアクセスが容易なため、近隣諸国から多くのディーラーが毎回揃い、ハイグレードな腕時計が大量に集まるパワフルなマーケット。年々価格が上がり、アイテムも有名ブランドの割合が高くなる一方で僕が探している時計のジャンルから多少離れているような感覚もありますが、それでも僕自身に非常に大きな気づきを与えてくれる場所であり、やはりたくさんの仲間と再会できる場所でもあるため欠かせないマーケットでもあります。今回のミュンヘンでのバイイングは僕にとって過去最高レベルの内容で、他のディーラーたちも非常に良かったという声を多く聞きました。同じ国の、同じ時期の、同じ性格の市でこれだけ違います。市の良し悪しは年によってけっこう振れるんだなと、改めて思い知らされました。

ロンドン

ドイツとパリのあとはロンドンに入りました。

この数日は、マーケットを回る時間よりも人に会う時間のほうが長かったように思います。

ロンドンから南へ1時間ほど下ったところで開かれるアーディングリーの骨董市には、ロンドン在住のディーラーが車を出してくれて一緒に行きました。会場では別々に回って、たまに会うたびに何を見つけたか見せ合う。彼が「あっちの方に好きそうなのあったよ」と教えてくれたといったこともあります。

その日、市で買えた時計は1本でした。ところが翌日、彼から写真が送られてきて、そこから3本買っています。ロンドンにいるのに、結局は写真で買っている。この比率が、いまの買い付けの実情をよく表していると思います。

ロンドンから少し足を伸ばしたところに住む、スミスのコレクターも訪ねました。彼は最近引退したとのことでもう積極的に買っていないせいか、持っているものはほとんど昔から彼が所有しているレジェンド級の品々。さすがに今回買える金額じゃなかった。こんなふうに、その日に何も買えないこともたくさんあります。でも、行く意味はある。来年また同じように訪ねたとき、何かが出てくるかもしれない。そういう間隔で付き合っている相手が、ヨーロッパの各地にいます。

時計が集まる場所

そもそも時計には、便利なところに集まる性質があります。物理的に小さいので移動がしやすく、服や家具とは違って地方から人が集まる大都市や人気のマーケットへと集まりやすいため、ディーラーとの関係性が広がった今では、かつてのように広大な距離を移動して各地の蚤の市をハシゴする必要はそれほどなくなり、時計市のような専門市に出向くだけでもそこそこ仕事ができるようになりました。

この引力がとりわけ強いのが、ロレックスやパテックのような換金性の高いアイテムです。誰にでも分かりやすくて、どこへ持っていっても売れる。だから大きな時計市や大都市に真っ先に集まります。今回並んでいたものを見ても、有名ブランド、クロノグラフなどの複雑時計、高級懐中時計の比率は明らかに上がっていました。

逆に、僕が探しているようなものは集める人が少ないので、この引力が弱く働きます。どちらかと言えば一箇所に溜まらず散らばったまま、人があまり行かないような場所に残っていたりします。

服や家具なら、移動が大変なぶんアクセスしづらい地方にこそ比較的チャンスが転がっています。それとは反対に腕時計は中心へと動いてしまうのですが、マイナーな腕時計は有名ブランドやメーカー、人気モデルのそれとは多少異なり、意外と地方のフェアや蚤の市に残っていたりします。だからこそadvintageにとっては、アクセスが大変な地方のマーケット、あるいはオランダやその他の時計市にも足を運びたいのですが、さすがに1年で全てのマーケットを網羅することは不可能なわけで、年に1、2回の渡航で良い腕時計を確実に入手できるかどうかは未知数。

そのため、普段現地に住んでいて足繁く各地のマーケットを回っているディーラーに探してもらう必要があるのです。

Lowkey

あるディーラーとこの話をしたときに、彼はこう言っていました。「もっと lowkey な時計市なら君の欲しいアイテムが見つかりやすいかもしれない」と。

“lowkey” というのは、あまり大規模で派手じゃないという意味で、ここでは買い付ける側の優先順位の下がるマーケットのことです。日程を組むとき、アクセスや内容で比較的敬遠されがちな時計市。ドイツならフルトヴァンゲン、英国のフェアも行ってみればローカルなマーケットです。前に行ったオランダのあたりもそうでしょう。あるいは時計以外の雑多なアイテムが集まる蚤の市もこれに含まれます。上述したように物が集まる引力と、人が集まる引力が同じ方向に働くので、優先されないマーケットには手付かずのものが残る余地があります。

ただ彼は一定の留保もしていて、必ずしも人気のないマーケットに行けば安いものが手に入るとも限らない。というのも、新しい世代のコレクターは常にオンラインで相場を見て、いかに高く売るかを考える傾向が強く、むしろ年配の売り手のほうがいまの値段には疎いと思う、と言っていました。

つまり場所だけでは決まらないということです。優先されない市であっても、出店しているディーラーが若い世代だと、そこに付加価値を付ける割合が高い。今回のフルトヴァンゲンは、まさにそれでした。比較的lowkey な市であるにもかかわらず、値段がやたらと高かった印象です。

蚤の市と、消えてしまった朝のこと

専門マーケットがこれなら蚤の市は目も当てられないんじゃないか、と思われるかもしれませんが、意外とそうでもありません。

数は多くないものの、掘り出し物に当たることは今でもあります。今回もパリのヴァンヴで意外なアイテムと出会うことができましたが、箱の中に無造作に並べられたなかから、ひとつだけ目が止まる。そういうことがまだかろうじて起きます。時計市は出店費用がそれなりに高いので、そこに出たがらないディーラーがいて、彼らにアクセスできるのが蚤の市です。もちろん、時計以外のヴィンテージ雑貨が好きな僕にとって楽しめる場所というのもありますが。

ただここ数年の蚤の市のシュリンク具合は顕著です。昔は蚤の市を回っていてなにかしら良い腕時計を買うことができたのに、いまは1本出たらラッキーという状況になってしまいました。

ロンドンのバーモンジー・マーケットは、かつては規模も大きく、多くのディーラーが集まっていました。朝4時に懐中電灯を持って行くのが当たり前。冬なら当然まだ真っ暗で、息が白い。薄暗いなかを出向いて、ガサゴソとショーケースや段ボール箱を漁って、出展者の顔色を伺いながら交渉するクラシックな蚤の市でした。

しかし今では朝9時に行ってもディーラーはまばら。10年前とは見る影がないほど小さな市場になってしまっています。

逆にイーストロンドンで有名なスピタルフィールズ・マーケットは、規模こそ変わっていませんが、ほとんど観光地化してしまって、かつてのような掘り出し物を狙える場所ではなくなりました。一方は観光地へ、他方は縮小か消滅の一歩手前へ。どちらも業者向けとは全く違う方向に進んでいるのが、行ってみるとよく分かります。

かつて早朝誰より早く現地に行き、出店者が机にアイテムを出し始めるところからハンティングをするのが必須でしたが、その光景も少しずつオンラインに侵食されているように感じます。

Lowkey Masterpiece

ところで先のディーラーが言っていた lowkey ということば。僕は自分が探している時計の修飾語と重なるように感じました。Lowkey Masterpiece。ブランド、メーカーがどこか、というよりもケース素材や外装のクオリティ、デザインの美しさや興味深い背景を持つ腕時計。掘り下げるとさまざまな魅力が見えてくる、インテリジェントな腕時計です。

ある別のディーラーが、こういう時計がいいんだと自慢してきた腕時計がありました。その腕時計はDOXAが手がけたもので、知る人ぞ知るスイスの名門ですが知名度はそれほど高くない。しかしそのケースはフランソワ・ボーゲル製の、パテック・フィリップの ref.565 と全く同じユニークなケースを纏ったもの。

ただ、こうした時計に目を向ける人は決して多くありません。買うほうは分かりやすい売れ線に集まりますし、出すほうもそういう時計を並べます。需要も供給も圧倒的にそちらに寄っているので、こういうDOXAのような個体はそもそも数が少ないため、実際のところ滅多にお目にかかれません。

固定観念

ここまで市場の側の変化の話を中心に話を進めてきましたが、それだけではなく、僕自身のセレクトの範囲が厳しくなっただけかもしれません。

先に述べたように、渡航を伴う現地買い付けは、オファーの精度を上げる、現地のディーラーとの関係構築という目的がありますが、最近はそれらとはまた別の目的が僕の中で生まれつつあります。それは、僕自身のセレクトの固定観念を破壊するような、魂を揺さぶるようなアイテムとの出会いです。

普段日本にいて現地からのオファーを待つというのは、基本的に自分の好みに合うものが届きますが、精度が上がれば上がるほど、ややもすると逆にその視野は狭くなる可能性がある。それはそれで、advintageの腕時計のセレクトの面白さが失われてしまうような気がしています。

現地を歩いていると、僕のセレクトの価値基準を揺さぶってくるものに稀に当たります。それは普段のオファーではなかなか出会えないもの。もともと探していたわけではなくても、出会った瞬間になぜかドキドキするような、新鮮な魅力に穿たれるときがあります。そこで初めて、自分が何を無意識に除外していたかを再認識できる。

実は渡航のたびに、僕は自分のセレクトの固定観念を一度壊し、その基準を再構築していることに最近気づきました。これを毎年繰り返しています。だとすれば、探しているものが見つかりにくくなっていく理由の半分は僕自身にあるし、今まで見てこなかったジャンルの腕時計もまた、新たに発見することもできる。壊して、作り直して、また壊す。その繰り返しの結果として、いまのadvintageがあります。

現地の可能性

それでもスミスのように、そもそも出てくる数が限られているものは、渡航だけではまず見つかりません。普段から現地で買い付けているディーラーからのオファーと、自分で歩いて拾うものと、その合わせ技を高い精度で機能させる必要があります。それに現地には、常に可能性が残っています。誰が何を出してくるか分からない。行ってみるまで分からないし、行っても分からないことのほうが多い。その分からなさに、僕は毎回期待しています。