1930年代から40年代にかけて、ドイツの時計店に並ぶ腕時計は、大きく三つの系統に分かれていました。つまり第一にオメガやロンジン、IWC、ロレックスのような、当時からワールドワイドに販売網を展開していたスイスの主要メーカー、第二にユンハンスをはじめとするドイツの国産時計メーカーが存在し、そして第三に挙げるのが今回の主役、「ドイツのエタブリスール」です。彼らは主にスイスの時計メーカーと協業し、ときにはスイスに合弁会社まで設けてムーブメントや時計を取り寄せ、ドイツ市場にフィットする形で独自のブランディングを進めたユニークな存在でした。
その販売網も独特で、アルピナ(Alpina)は一つの町に一軒の加盟店を置く販売網をヨーロッパ各地に張り巡らせ、ドイツではその体制をドゥゲナ(Dugena、当時ADUG)が継承しました。テルス(Tellus)とツェントラ(ZentRa)も同じ形をとり、全国に加盟店を広げています。
その加盟店の多くはドイツの時計店で、ジュエラーが時計販売の中心だったイギリスとは異なり、ドイツでは時計師が時計店、つまりリテイラーを営む形が一般的でした。ドゥゲナ(ADUG)やテルスの正式名にも「ドイツの時計師(Deutsche Uhrmacher)」の語が入っており、そこにはドイツ職人ギルドの歴史的な影響も垣間見えます。
今月のキュレーションは、当時大きな存在感を放っていたこれらドイツのエタブリスールたちに焦点を当て、知られざるジャーマンウォッチ市場の解像度を上げる試みです。





