Monthly Curation Theme “Back to the Origin of Luxury Sports”

かつてスチールの時計に、金の時計より高い値段がついた時代がありました。1972年、ジェラルド・ジェンタが手がけたロイヤルオーク。ステンレスに高い価格をつけ、八角形のベゼルとケース一体のブレスレットを纏ったこの一本が、いわゆる「ラグジュアリースポーツウォッチ」を生んだとされています。

潜水士のヘルメットから着想を得たと言われるあのオクタゴンシェイプ、高級感を高める一体型ブレス、タフな設計にもかかわらず薄型でドレッシーなフォルム。そして発表時の3,300スイスフランは、ステンレス製の時計としては前代未聞で、金無垢のドレスウォッチに匹敵するほどの水準でした。

オーデマ・ピゲのロイヤルオーク、パテック・フィリップのノーチラスを手掛け、ラグジュアリースポーツウォッチの父と称されるプロダクトデザイナー、ジェラルド・ジェンタ。彼の先見の明、時代に対する直観は天才的であったことに異論はありません。しかしながら彼が生み出したとされるこのジャンルは、決して無からの発明ではなく、すでにあった要素の見事な「編集」だったのではないか。つまり美の閃きである前に、ゴールド=ラグジュアリーという従来のパブリックイメージからの脱却、あるいはクォーツショックを生き抜くための新たなビジネスモデルだったのではないかと個人的には思います。

ドレッシーでありながらタフ。それは言い換えれば汎用性の塊。そのコンセプトはラグジュアリーを謳いながらステンレススチールを用い、スポーツウォッチを謳いながらタフな用途を明言しない。もはやその価値の所在はブランドという空虚な記号、あるいはステータスの誇示以外にあるのだろうかとすら考えてしまいます。

翻って、ジェラルド・ジェンタ以前に「ラグジュアリースポーツウォッチ」は無かったのか。答えはNoです。水や衝撃から時計を守ろうとした誠実さが、結果として優雅な佇まいを生む。そんな「意図せざる美」は、ジェンタよりずっと前から存在していました。1930年代から40年代のタフネスを前面に出して表現された腕時計の中には、今も惚れ惚れするほどラグジュアリーで美しい造形が息づくものが確かにあったのです。八角形のケースさえ、ロイヤルオークが発表される40年以上も前にアール・デコの造形としてすでに存在していたし、一体型ブレスの思想も同じく当時の実物が雄弁に物語っています。

それらは美しさよりも、むしろ機能性を前面に訴求していました。かつてラグジュアリーはブランドの記号ではなく、プロダクトそれ自体の機能美や職人の誠実さに宿っていたと言えます。

王室御用達のジュエラーが、過酷な環境に耐えるタフな実用時計を作っていたし、パリ最高峰のメゾンが、あらゆるスポーツのための防水・耐磁・自動巻きの時計を、自らの名で扱っていました。彼らがその時計に与えていたのは、記号としての高級感よりも、自らの格による「品質の保証」でした。つまりラグジュアリーは、ブランド名ではなく時計そのもの、その機能性と職人の誠実さに宿っていたのです。

それがいつしか、ブランドは価値を創出する側に回り、ラグジュアリーは時計そのものから離れ記号へと移っていった。ブランドの役割がマーケティングに偏重していったことは、歴史が物語っています。

今月のテーマ、”Back to the Origin of Luxury Sports”は、現代のラグジュアリースポーツウォッチの再定義、さらに本当の意味でのラグジュアリー×スポーツを志向したかつての腕時計、いわばラグジュアリースポーツウォッチの起源を紐解く、過去にない試みです。是非。

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