Integrated Bracelet, the Origin.

一体型ブレスレットの起源は、しばしば1972年のオーデマ・ピゲのロイヤルオークに帰せらると同時に、それがいわゆる「ラグジュアリースポーツウォッチ」のアイコンとしてみなされます。しかしそれは、この70年代に生まれた新たな腕時計ジャンルの専売特許だったのか。今実際に手元にある1930年代のスポーツウォッチ〈TreSor(トレゾア)〉と、その背後にある1932年のスイス特許を見ると、明らかにそれは一体型ブレスレットの起源のひとつと言っても過言ではないことがわかります。

 

 

時計関連メディアやオークションハウスの記述を確認すると、「ロイヤルオークが初の一体化ブレスレットを採用した」という表現は、多くの場合「一体型ブレスレットを備えた、初の高級ステンレススポーツウォッチ」あるいは「そうしたジャンルを確立した一本」と限定されています。すなわち、一体構造そのものを史上初めて生み出したという主張ではなく、高級スポーツウォッチというジャンルにおいて確立した、という意味です。

オーデマ・ピゲの公式アーカイブも、この点を補足する材料を提供しています。同社は、1940年代にロレックスやオメガが初期の金属ブレスレットを生み出したこと、およびオメガのコンステレーションに見られるような一体型のブレスレットが1964年に特許(CH405170)を取得していたことを述べており、同社はロイヤルオークの新しさを、構造の発明ではなく、ステンレスと手仕上げ、スポーツ性とジュエリーライクな精緻さを組み合わせた点に置いています。

これらを踏まえると、ロイヤルオークの独創性は一体構造そのものの発明にはなく、それを高級スポーツウォッチの意匠として提示した点にあったということになります。特に当時の広告では、腕時計そのものの意匠や機能性よりも、そのステータスシンボルとしての価値に重きを置いた表現が多用されていたことは、前回述べたとおりです。つまり、この時計とブレスレットの一体構造の先例は1972年より前にも存在する可能性がある。その答えが、今回のこちらの腕時計、〈アルピナ〉のドイツ市場向けモデル〈TreSor〉ということになります。

 

 

この〈TreSor〉は独立したブランドではなく、前述したようにアルピナのドイツ支社、”Alpina Deutsche Uhrmacher Genossenschaft(アルピナ・ドイツ時計師組合)”、つまり”DUGENA(ドゥゲナ)”のハウスブランドのひとつです。この組合は、スイスの〈アルピナ〉に出自を持ちます。1883年にゴットリープ・ハウザーが時計師の協同組合として創業し、そのドイツ部門が1917年に独立しました。組合は手頃な価格の実用時計を志向し、〈TreSor〉や〈Festa〉などのモデルを展開しました。Tresorはドイツ語で「金庫」を意味します。

アルピナ、およびトレゾアについては、以前このJOURNALでも詳述していますので、こちらをご覧ください。

ちなみに文字盤に見られる”Siegerin”のロゴは、アルピナが1936年4月23日に出願し、同年12月3日に登録した商標です。組合は男性用の”Sieger”と女性用の”Siegerin”を対で登録しており、”Siegerin”は当初、婦人用腕時計の区分で登録されていました。しかし実際に”Sieger”を名乗る腕時計の存在は現在確認されておらず、むしろTresorは搭載ムーブメントのグレードや仕向けによってその表記を変えていたことは確かで、実質的にメンズウォッチとしてリリースされていたと言えます。

さて、〈TreSor〉の当時の広告には、文字盤を囲むかたちで「Abnützung(摩耗)」「Staub(埃)」「Druck(圧力)」の三語が配されています。本文は、クルップ・ステンレス製の堅牢なケースと、はめ込み式で割れない風防を挙げ、「耐え抜く腕時計(die Armbanduhr, die standhält)」と記しています。

クルップ鋼(Krupp Edelstahl)とは、ドイツのフリート・クルップ社が1912年に開発した初期の実用ステンレス鋼(V2A/NIROSTA系)です。ステンレスが時計ケースに用いられ始めたのは1930年代であり、〈TreSor〉は素材の面でも当時の新しい選択を採っていました。
これらの広告表現は、後述する特許の設計思想と一致します。

 

 

次に見ていくのは、この〈TreSor〉のケース構造に酷似する特許です。スイス特許No.179155で、出願人はプフォルツハイムのフェルディナント・ラップ、出願は1933年12月15日、1932年12月17日のドイツ特許出願の優先権を主張しています。これはオメガの一体型特許(1964年)より約30年早いものです。おそらくこの特許を使用して〈TreSor〉のケース、そしてブレスレットが当時作られたと思われます。

 

 

明細書の要点は次のとおりです。時計ケースを中実のブロックとして形成し、そこにムーブメントを収める開口部と、バンド端部およびその固定部材を収める開口部を削り出します。明細書はその利点として、薄板を絞って作る通常のケースより安定性が高く、衝撃や落下からムーブメントを保護しやすいこと、削り出しによって精密に加工でき、塵や湿気の侵入を防ぐ密閉性に優れることを挙げています。

広告にあった「摩耗・埃・圧力」「massiv(中実)」「密閉」といった表現は、この明細書の記述と対応しています。重要なのは、この構造においてバンド端部を受ける開口部がケースのブロックに一体に成形されている点です。バンドは後付けの付属品ではなく、ケース設計の一部として組み込まれていました。

広告の「摩耗・埃・圧力」に対応する設計上の特徴を整理します。
衝撃・圧力に対しては、中実ブロックから削り出したケースが、薄板をプレスした空洞のケースより高い剛性を持ちます。腐食・摩耗に対しては、クルップ・ステンレス鋼が当時の金銀製ケースより実用的でした。埃・湿気に対しては、削り出し製法による合わせ目の精度の高さが密閉性に寄与しました。ガラスの破損に対しては、はめ込み式で割れにくい風防が用いられました。バンドの脱落に対しては、Securit機構による施錠でバネ棒式より確実な固定が得られました。
これらはいずれも、堅牢な容れ物としてのケースという一貫した設計方針に基づいています。直径は約27ミリと小型ですが、薄板ケースが主流の時代に削り出しの中実ケースを採用した点に特徴があります。

以上から、一体構造そのものは1972年より前に存在したと言えます。オメガは1964年に一体型ブレスレットの特許を取得し、1932年のプフォルツハイムでは、ラップがケースとバンドを一体に削り出す構造を、H&WがそれをSecuritとして固定する機構を特許化していました。これらは美的意匠としてではなく、実用上の要請から一体構造に到達しています。
ロイヤルオークの場合、一体構造は視覚的な連続性と高級スポーツウォッチの意匠として提示されました。八角形ベゼル、八本のビス、タペストリー文字盤などが、構造を意匠の中心に据える方向で用いられています。つまり両者は、同じ一体構造に対して異なる動機から到達しています。〈TreSor〉系は実用工学から、ロイヤルオークは意匠表現から、という違いです。

そもそも「デザイン」という言葉は、我々現代人の感覚では見た目の美しさとか洒脱さといった外観や装飾、つまり「意匠」を指すことが多いと思います。しかしかつては見た目というよりも内部構造や工学的な「設計」という意味合いが強く、意外と最近まで「デザイン」とはその意味で用いられていました。実際、この言葉がアートに近い意味を持ち、「デザイナー」という言葉が一般的に用いられるようになるのは比較的最近のことです。

一体型ブレスレットの起源を1972年に置く通説は、厳密に言えば「高級スポーツウォッチのジャンルにおける確立」を指しています。ただし腕時計とブレスレット一体構造の先例は、オメガの1964年特許、さらには今回詳述した1932年のプフォルツハイムのラップ特許へとさかのぼることができます。〈TreSor〉は、その実用的源流を示す具体的な例ということが言えると思います。

つまりロイヤルオークが確立したのは一体構造そのものではなく、それを高級スポーツウォッチの意匠として提示する枠組みでした。一体型ブレスレットの来歴は、この意匠上の革新と、それに先行する実用上の構造の双方を含めて理解される必要があります。