1940年代初頭に製造されたオメガの腕時計。”C.S.(I)”の刻印を持つ、英国領インドで流通していたと思われる個体です。
この刻印は、オメガ、ロンジン、ウエストエンド、ティソなど、複数のスイスメーカーに確認されており、単一メーカーへの発注ではなく制度を通じた複数ブランドの流通があった模様で、長らく”Civil Service (India)”、すなわち英領インドの高級官僚向けと解釈されてきました。しかし近年浮上した、”Canteen Services (India)”を示すという新たな説が現在有力視されています。
「キャンティーンサービス」とは軍関係者向けの軍用売店を意味しており、米軍のPX、英軍のNAAFIに相当します。当時の英領インドではNAAFIが活動しておらず、独自のキャンティーン制度が兵営地での物資販売を担っており、Canteen Service Indiaとはこのインドにおけるキャンティーンを通じて販売された物品を示すというものです。販売物品の中でも腕時計のような高額品は自由に買えるものではなく、抽選で購入権が割り当てられたとする記録も伝わっています。この説に立てば、C.S.(I)の時計は支給品ではなく軍関係者がキャンティーンで自ら購入して身に着けた一本ということになります。
当時ヨーロッパで流行した端正なアール・デコのセクターデザインの文字盤に、ケースは防塵性、防水性を考慮したスクリューバック。英領インドの高温多湿な環境での実用を想定した堅牢な作りを持ちながら、どこか上品さを感じさせるホワイト・ミリタリーならではの空気感。
この個体とはロンドンの時計市で出会いました。シルバーからしっとりとしたクリーム色へと柔らかく焼けたホワイトダイヤルは、インドから英国、そしていま東京にいたる80年を超える長旅の、数奇な年月を物語っている気がします。





