玄人好みと言われる、レクタンギュラーケースのヴィンテージウォッチ。しかし一度ハマると角型でないとダメになるほど魅了されてしまう人も少なくありません。僕自身も去年あたりから急に気になり始め、気付けば角型が増えていって今回のコレクションを展開するに至りましたが、レクタンギュラーウォッチの何がそんなに魅力的なのかという疑問に自問自答しながら、それを解明していくのが今月のテーマの目的でもあります。

しかしこのテーマについてインターネットや書籍をあたっても、ただユニークだからとかレアだからとか、あるいはなんとなくドレッシーな雰囲気があるとか、そういったざっくりした安直な内容しか語られておらず、その理由を明瞭に言語化するような試みは皆無に近いと思われます。なぜ角型時計はユニークなのか?

実際、角型時計をつけている人はよく、何となく真面目そう、みたいな言われ方をします。その四角四面のイメージが几帳面=真面目ということなのかもしれませんが、角型時計の真面目イメージはごくごく最近のことです。スモールセコンドが衰退し、クオーツによってムーブメントが簡略化されたことで、ムーブメント=機能性による縛りからケースデザインが解放され、いわば「自由化」されたことによって、ケースの形状を制約なしに自由に選ぶことができるようになったことで、腕時計デザインがよりフラットに見られるようになったのかもしれませんが、その最初期においては全く逆のイメージであったというのが真相だと思います。

 

 

▪️角型時計の成り立ち

そもそもレクタンギュラーウォッチの起源は、懐中時計が腕時計にシフトしていく、その黎明期に発生しました。つまりポケットにしまう必要がなくなり、腕時計のフォルムがラウンド型に縛られなくなったこと、そして同時期の1910年代から20年代に起こったアール・デコと呼ばれる新しいプロダクトデザイン・ムーブメントがもたらした影響が甚大でした。そのデザインの特徴は、これまでの複雑でランダム、あるいは植物的なモチーフを多用するアール・ヌーヴォーとは全く異なる、直線を多用する幾何学的でシンプルなデザイン。特に腕時計では角型のケースを用いた装飾品めいたデザインが大流行しました。

 

» アール・デコについて…Overview; Art Deco in Wrist Watches.

 

その結果、レクタンギュラーケースは腕時計の定番的地位を確立しましたが、それは同時に時計としての機能性や合理性をほとんど無視した、腕時計にとって大変非合理的な前提からスタートするものでした。すなわちレクタンギュラーウォッチとは、アール・デコという1920年代のデザインブームに起因する、合理性を捨て装飾性に全振りしたコンセプトから生まれたプロダクトでしたが、同時に現場の技術者の執念によって角型ムーブメントという新たに革新的な製品を編み出したこともまた、レクタンギュラーウォッチの個性と魅力に拍車をかけることになりました。

実際、時計のムーブメントは円形の歯車を効率よく並べる必要があり、そのためにムーブメント全体が角型をしていてはどうしてもデッドスペースが生じ、さらに機械が縦に長いフォルムの場合、歯車のサイズにも制限がかかってしまいます。また精度を確保するためにテンプのサイズもある程度確保しておく必要があり、そこにも必要な歯車の輪列設計との兼ね合いが生じます。

とりわけこの点は三針時計のように文字盤側にスモールセコンドを設置しなくてはいけない場合非常に厄介で、時分針の軸を文字盤中央に配置し、スモールセコンドはその下部にサブダイヤルで表示する方式を取るため、6時のアワーマーカーの位置にスモールセコンドの軸が置かなければいけません。つまり時分針が設置される中央の軸からスモールセコンドの軸との間に、ある程度距離を置く必要があるということです。するとムーブメント全体は、文字盤のフォルムに合わせて縦長の長方形の形状を取る必要があるのです。

 

 

もしこれを無視して、長方形の縦長の文字盤を持つ腕時計にラウンド型のムーブメントを使用すると、ムーブメントの直径は必然的にケースの横幅に合わせられるため非常に小さなムーブメントでないといけませんが、そうなるとスモールセコンドの位置は自然と時分針の直下の、極めて接近した場所に位置取られます。結果、スモールセコンドの針の長さは時分針の軸に接触しないような極端に短い針になってしまい、スモールセコンド自体の直径も、それに応じてほとんど視認できないような小さなサイズにならざるを得ません。

これは、時代が降ると縦長の角型時計が姿を消し、ほとんどスクエアかそれにほぼ近い形の角型時計が急増する理由のひとつでもあります。ケースシェイプが正方形になれば、当然ムーブメントもラウンド型でよくなるし、ラウンドケースと併用できるため汎用性も高いということで、1940年代後半以降の角型時計はほぼこの形が主流になりました。

 

 

このように、角型時計の設計思想がいかに腕時計として非合理的で、デザイン優先主義であったかを紐解いていくと、それがいかにクレイジーなプロダクトであるかというイメージが湧いてくると思います。真面目とか几帳面とか、そんな現代の角形時計のパブリックイメージとは全く真逆の、極めて「傾(かぶ)いた」腕時計と言えます。そう、レクタンギュラーウォッチは、そのリリース当時は傾奇者御用達の腕時計であった、そんなイメージだったのではないでしょうか。

 

▪️デザインと機能性のせめぎ合い

それでも、技術者や設計者は決してその無理な形状に対して妥協をしなかったことも忘れてはなりません。角型の文字盤は、そのフォルムに沿ってインデックスを配置するとどうしても四隅の視認が難しくなります。あるいは前述したスモールセコンドとの兼ね合いも含め、この難題を解消するため、現場はさまざまなアイディアと技術を駆使し、数多くの角型の文字盤デザインを生み出していきました。

そのひとつが、あえて角型の文字盤内にラウンド状のレイルウェイトラックを描くという大胆なデザイン。これにより四隅の視認性は確保されるものの、必然的に上下に無駄なスペースが生まれてしまいますが、それすらもデザインに変えてしまうのがアール・デコという装飾への執念のすさまじさ。その空きスペースにブランドロゴやスイスメイドを強調表記したり、あるいは所有者のモノグラムやイニシャルを描いたり、はたまた方位磁針を埋め込んだりと、かなりぶっ飛んだデザインが無数に生まれました。

 

 

もうひとつの角型時計における象徴的なデザインは、縦長のフォルムをむしろ活かし、文字盤を2分割して上を時分針、下に秒針を置いた、いわゆるデュアルダイヤルです。しばしばドクターズウォッチと呼ばれるデザインですが、必ずしも医療業界の要請から生まれたものではなく、単純に角型時計という非合理的な形状に機能性をもたらした革命的なアイディアと言えます。

 

ただ、これには前述したように時分針の軸と秒針の軸に十分な距離を確保しなければいけないという難題にブルかります。長方形を正方形ふたつに分割してひとつの文字盤にする場合、通常の角型ムーブメントでは長さが足りません。そこでより縦長の地板を用意し、香箱車から二番車までの距離を稼ぐために間に複数の歯車を追加してその距離を稼いだりと、そのユニークな文字盤デザインの裏に極めて涙ぐましい努力が隠されているのです。あるいは逆に、時計技術者側にとってこのレクタンギュラーケースは、自身あるいは自社の技術力を見せつける格好の場であったと言えるかもしれません。

こうして改めてレクタンギュラーウォッチの成り立ちを具に見ていくと、合理性を欠いた突飛なデザインと、それを支えた技術者の努力、机上と現場のせめぎ合いのストーリーが見えてくると同時に、それがレクタンギュラーウォッチの中毒的な魅力の源泉を見出すことができます。