1930年代という時代は、腕時計にとって最初の最も重要な進化の過程、つまり第一次世界大戦をきっかけに生まれた紳士用腕時計の雛形が、アール・デコというデザイン潮流を経て定型化が進み、一つの完成を見た百花繚乱の時代です。

 

そのフォルムは30mm前後という、収まりが良くやや小振りなケースサイズに、ラウンドそしてレクタンギュラー、オクタゴンといった多角形、クッションケース、そして多種多様なラグデザインなど、現在では考えられないほど手の込んだ実に多くのバリエーションが、様々なメーカーによって生み出されました。

 

文字盤デザインはアール・デコに彩られ、幾何学的な線の配置を駆使した凝縮感のあるデザインが流行。ツートーン仕上げを織り交ぜることで、文字盤上に余白をあまり設けず、実にグラフィカルな印象です。それはまだ、腕時計が契機としての役割の第一線に立っていたことを象徴します。

 

 

 

 

 

 

ちなみに、女性が身につけるラグジュアリーな装身具の一つであった1900年代初頭の腕時計から、戦争を経て紳士が着用すべき大義を得た1930年代の腕時計は、ドレスウォッチと言えどもある程度の無骨さや力強さがデザインの中に内在されていました。あるいは男性が持つ時計の代表格であった懐中時計のデザインを流用するものも多く見られました。

 

よく「ドレスウォッチは三針ではなく秒針のない二針が正統」と言われますが、それは後年の人たちが勝手に言い始めたことで、当時そのような認識は存在していなかったと考えるのが自然。それは当時の資料を見ていると特に実感します。 下は1910年代の広告で、右が紳士用、左が女性用と思われます。この当時は両者にほとんど差異はなく、紳士用が若干大きめ、という程度です。

 

 

 

 

1910年代から30年代にかけて二針の腕時計も存在しますが、それはあくまでバリエーションの一部であったり、あるいはまだ腕時計ムーブメントが未発達だったため輪列設計の都合上そのようにしたもとの思われます。言うまでもなく、本当のドレスウォッチは今も昔も懐中時計です。