今月のテーマは「トレンチ・スタイル」。第一次世界大戦の塹壕戦で活躍した、トレンチ・ウォッチと呼ばれる初期の腕時計に見られるデザイン性に着目したヴィンテージウォッチを特集します。
とはいっても、本当に1910年代の腕時計を集めたわけではありません。さすがにここまで古いとムーブメントの性能的に普段使いが難しいので、advintageでは基本的に取り扱っていません。今回のコレクションではそれらが有したフィーチャーを色濃く残す、1930年代から40年代の腕時計が中心となります。
そのデザインの特徴としてあげられるのが、第一に夜間でも時刻を容易に視認できる、夜光塗料をふんだんに用いたアワーマーカーと時分針です。これらはトレンチ・ウォッチの最もアイコニックなディテールで、特に目を引くのがかなり大ぶりに描かれた太字のアラビア数字と、同じく夜光塗料を張った幅広の時分針。
とりわけ後者は、コブラハンドやカテドラルハンドと呼ばれるユニークな形状の針が有名ですが、これは単なるデザインコンシャスでは決してなく、外枠だけだと夜光塗料が剥離しやすいため内側にもフレームを渡す必要性から生まれた実用的な形である点も忘れてはいけません。アラビア数字も、懐中時計で主流だったローマ数字がよりも見間違えが起こりにくいため、これらの腕時計に好んで採用されました。
第二の特徴は懐中時計のデザインを踏襲しているという点。男性が腕時計をつけるようになったのは19世紀末に始まるボーア戦争で、ある将校が懐中時計を革のストラップで腕に固定して使用したことがきっかけと言われています。これが主流となった第一次大戦でも、トレンチ・ウォッチは懐中時計にベルトを取り付けるためのラグを溶接したスタイルの、ほぼ懐中時計をそのまま用いたデザインが目立ちます。白磁板を用いたポーセリンダイヤルは、その象徴ともいうべきもの。
また、堅牢さが求められたためケースの形状も装飾は排され、ソリッドで肉厚なボディも多く見られ、シリンダー(円筒型)やトノウ(樽型)クッション型など、1910年代に顕著となる腕時計デザインの懐中時計からの意図的な逸脱も、こうしたトレンチ・ウォッチに顕著となります。
先にも書きましたが、今回セレクトした腕時計は実際のトレンチウォッチが活躍した同時代のものではありません。それらが後年アップデートされつつ受け継がれ、ある種の定番デザインとなってゆく過程を楽しむものです。純粋な本物志向だけでは味わえない、実用性と感性の間で揺れ動くデザインの潮流。それらが1930年代から40年代にひとつの完成を見た、稀有な腕時計たちを是非。