advintageでは、現在では存在していないメーカーやそれほどメジャーではないブランドが手掛けた、知られざる良質な腕時計を多数セレクトしています。
そんな中、とりわけ思い入れの強いブランドがあります。今はなき英国の純国産時計メーカー〈スミス〉がそれです。英国が主な仕入れ地となる当店ならではのセレクトと言えますが、それ以上に他のメジャーブランドでは味わえない奥ゆかしい表情や、日本人の腕に収まりの良いサイズ感やデザインが何より魅力的なのです。
これまでも何度か折に触れてご紹介してきましたが、今月は改めてそのブランドのコレクションにスポットを当て、その魅力を振り返ってみたいと思います。
■知られざる英国製時計メーカー「スミス」
スミスは高品質な機械式時計はもとより、自動車などの計器類の製造を行なっていたイギリスの名門時計メーカーです。その歴史は古く、1851年にサミュエル・スミス がロンドンで創業した宝飾・時計販売店「S. Smiths & Son」にはじまります。
特に豊富なバリエーションを誇る人気モデル「デラックス」をはじめとするモデル・バリエーションはもちろん、戦後間もなくリリースされたスミスの初期モデルも、黎明期ならではのプリミティブなテイストが入り交じる表情が魅力的。製造数も極端に少なく、とりわけ金無垢、銀無垢のケースを採用する最上級品はもはや幻と言えます。
■エベレスト登頂をきっかけに
スミスの腕時計の筆頭に挙げられるのが、1951年から製造が開始されたスミスのベストセラーモデル「デラックス」。
デラックスの特徴は、信頼性の高い英国製ムーブメントは言うに及ばず、その豊富なデザインバリエーション。とにかくさまざまなケース・文字盤デザインのパターンが存在します。 とりわけ9金無垢をケースに用いたドレッシーな腕時計は、落ち着きのある輝きと控えめな表情に魅了される逸品揃い。その世界観も懐が深く、意外なほど洋服を選びません。
スミスの腕時計が初めて世に知られたきっかけは、ジョン・ハント率いる英国のエベレスト遠征隊による1953年5月29日の世界最高峰初登頂と言われています。その際人類で初めてエベレストの頂に立った冒険家エドモンド・ヒラリー卿の腕にあったのが、厳しい環境下でも正確な時間を刻むスミスの「デラックス」でした。
そのエベレスト登頂を記念し、デラックスを越えるフラッグシップモデルとして翌年1954年にリリースされたのが、その名もズバリ「エベレスト」。
基本設計はデラックスに依拠しつつ、受け石が通常よりも多く用いられたハイエンドなムーブメントを採用しているのが特徴です。ただし製造個数は極端に少なく、スミス屈指の希少モデルのひとつとなっています。
■その後も続々と名作をリリース
デラックス、エベレストに続いて発表され、1960年代末までロングセラーを続けたのが、「アストラル」。
デラックスに負けず劣らず豊富なバリエーションを誇り、当時のトレンドを反映したシンプルかつモダンなデザイン性が特徴です。ちなみにこのアストラルの名前は、元々19世紀にH.ウィリアムソン(H. WILLIAMSON LTD.)社が保有していたブランド名で、後にスミスに吸収された珍しい経緯があります。
1958年、デラックス、エベレスト、アストラルに搭載されてきた伝統のCAL.1215に加え、スミスは新たに新型ムーブメントを開発します。レイアウトを大幅に刷新し、受け石を19石とした事実上の最高位機種、CAL.1014。このムーブメントを搭載した新たなフラッグモデルが、こちらの「インペリアル」です。
「新しいスリムなエレガンスと際立つ精度のコンビネーション」という謳い文句で、デザイン性もそれまでのクラシカルなものから、モダンでシャープなシルエットを強調。ロゴも筆記体に変更され、王冠もどこかノーブルに。これがスミスの最晩年モデルであり、アストラルとともに1960年代末までリリースされたスミス最後のハイエンドモデルとなりました。
■貴重な初期モデル
忘れてはならないのが、スミスが初めて国産腕時計の製造を開始した1947年から、デラックスがリリースされる1951年まで、数年間だけ製造された数少ない初期モデル。
見ての通り、スミスのロゴのみ冠せられたシンプルな文字盤。デラックス以降のスミスの腕時計デザインとは明らかに異なる、プリミティブな表情。「アーリー・スミス」とも呼ばれますが、これを抜きにスミスは語れません。
そのケースはいずれも英国のウォッチケース専業メーカー「デニソン社」が手掛けており、質実剛健にして上品なシルエットが特徴的です。デニソン社はロレックスをはじめとする数多くの名門ブランドのケースも手掛けた、高品質ケースメーカーとして知られています。
小振りなロゴに加え、どこかユーモラスなアラビア数字のフォントも初期モデルの特徴。右はそれら初期モデルの特徴をそのまま残した、デラックスの中でも最も初期に作られたと思われる幻の一本。ブレイクスルーの端緒となるモデルは、やはりダントツで美しい。
■ウォッチメーカー・スミスの終焉
1970年代を迎えると、当時日本が開発したクォーツ式ムーブメントが猛威を振るい、スミスの腕時計の生産は終了します。
1940年代末から1970年代初頭までという、腕時計メーカーとしては20年ほどと比較的短命に終わってしまったのは、そのベースが自社の英国製ムーブメントへのこだわりによるものだったのかもしれません。しかしそうした背景が、いま、スミスの製品群を一層輝かせていることは言うまでもありません。
今月の渋谷店は豊富なスミスコレクションを中心にラインナップを組みます。機会があれば是非。