ヴィンテージウォッチにしかない醍醐味。それは、その随所に散りばめられるユニークなデザインだと思います。
もちろん現行品でもバリエーションは存在するものの、ヴィンテージウォッチのそれは奥行きがあるというか、ひとつのメーカーだけでなく、様々なブランドが共有する「流行」的な部分がありました。
その流行は腕時計だけでなく、装飾品をはじめとするプロダクトデザインや、グラフィックデザイン、建築様式に至るまで、同時代のあらゆるクリエイティビティに通じるのです。
だからこそ、ヴィンテージウォッチはメジャーブランドでなくとも、優れたデザイン性が楽しめる腕時計がとにかく豊富。今回のJOURNALでは、個人的に是非ご紹介したいディテールをいくつかピックアップしてみます。
■フラットベゼル
 

現行品にもほとんど見られず、またヴィンテージでもなかなかお目にかかれないのが、ベゼル部分をフラットに仕上げたケースデザイン。パテック・フィリップの名作に好んで用いられたことから、そのモデルの愛称を採って「カラトラバ」ケースとも呼ばれます。
シンプリシティの塊のようなデザインは力強さに加えて独特の個性を放ち、ほぼ1930〜40年代の一時期にだけしか作られなかったという希少性も、その魅力を増幅させています。
1950年代以降、航空機や自動車、鉄道といった高速移動手段の発達により、ボリューム感やスピード感がプロダクトデザインの多くに意識されるようになります。なめらかな流線型や傾斜したベゼルが大半を占めていき、腕時計の大量生産が世界的に本格化していくと、ほぼ目にする腕時計はすべてそうしたデザインが一般化するようになりました。
それとは正反対の、重厚感のあるどっしりとしたデザインは明らかに異質。

 

また、ヴィンテージウォッチの中でも特に高い人気を誇るステップドベゼルも、このフラットベゼルの亜種と言えます。
金属の精密加工技術が未発達だった当時、硬いステンレススチールの塊から美しいステップケースをくり抜くことができるメーカーは、それほど多くありませんでした。ちなみに真鍮の地金にメッキという素材の方が目立つのは、より加工がしやすいという理由から来ています。
デザイン自体はシンプルでありながら、その製造自体は至難と言えるステップドベゼルの人気の秘密はここにもあるのです。

 

■オクタゴナルケース
懐中時計は、文字通り懐やポケットに出し入れしなければいけないという制約上、円形であることが基本。腕時計が普及すると、その形状の自由度が高まり、様々なケースデザインが生まれました。
しかしながら、そこにスクリューバックを用いて防水性を高めようとすると、どうしても円形の裏蓋を用いなくてはなりません。ケースは必然的に横に広がり、そこで生まれたのが八角形の形状を持つオクタゴナルケースでした。

 

このケースデザインもまた、想像以上に複雑な加工工程を必要とするため、作ることができるメーカーの数は限られていました。それがスクリューバック仕様であればなおさらで、有名ブランドのケースでもウォッチケース専業のメーカーがケースを手掛けていることが多く、それほど有名でないブランドの腕時計にも同じケースが使用されるという、現在からすると考えられない現象もしばしば起こっていました。
■ユニーク・ラグ
個人的には、ヴィンテージウォッチのラグデザインほど面白いものは無いと断言したい。それほど、当時の腕時計にはさまざまなアイディアを持ったラグデザインのバリエーションが存在します。
ベルトを取り付けるラグの存在感は大きく、ベゼルのデザイン同様時計全体の雰囲気に大きなインパクトを与えるパーツでもあります。それゆえ、現行品ではバランスを崩したくないのか、ラグデザインには無難なものが多く目立つ印象があります。
現在では全く想像できないほど多くの高級時計メーカーが存在した当時は、しかし、アヴァンギャルドなデザインを敢えてラグに施したユニークな腕時計が相当数見られます。

 

ラグをフレキシブル(可動式)にしたり、ボリュームを持たせたりといった方向性だけでなく、ベルトとの一体化を狙ったフーデッドラグ(ヒドゥンラグ)や、モバードのアクヴァティックに見られる独特のラグデザインなど、とにかく多彩。「人と被りたくない」というこだわりを持つ方は、このラグデザインにこだわれば間違いありません。
今月の渋谷店のテーマは「デザイン・コンシャス」。こうしたヴィンテージウォッチ特有のデザイン性を共有するアイテムを中心に展示しています。
JOURNALでも、次回以降さらにテーマを深掘りした内容をご紹介する予定です。