腕時計は、真正面よりも横から見られることの方が意外と多い。だから僕個人的には横顔が素敵な腕時計に惹かれてしまいます。
シリンダーケース、ステップドベゼル、フラットベゼル。いろいろな特殊デザインが交差する対の腕時計ですが、正面と横とでは趣の異なる表情をするのが特に好き。
腕時計の角形デザインのひとつ、トノーケースもまた格別。
こちらは両者とも”LL”の刻印を持つ謎のケースメーカーが手掛けた、全く同じケースデザインを持つ対の腕時計。
樽形を意味するトノーシェイプのケースと言えば、文字盤も同様の角形フォルムを持つものが圧倒的に多く、特に角形時計が愛されたアメリカ市場でそれが顕著です。こちらのようなトノーケースにラウンド形の文字盤というスタイルはそれほど多くなく、1930年代にロレックスやオメガといった高級ブランドが一部採用していました。
”LL”ケースのスクリューバックは、一般的なミドルケースにネジ山を切る方法ではなく、ムーブメントに纏わせた中胴にネジ山を刻み、スクリューバックでねじ込む構造になっています。以前こちらのJOURNALの記事でご紹介した、初期のロレックス・オイスターが採用した防水構造に近いものになっているのが特徴であり、ユニークです。
何よりも感じたいのは、このユニークなケースを持つ個体が対で揃うことの意味。
初期のユニークな防水ケースと言えば、ロレックスのオイスターケースともうひとつ、〈フランソワ・ボーゲル〉のハーマティック・ケースが挙げられます。
三本のボーゲル・ケース。左から右に、1940年代→1930年代→1920年代と古くなります。
一番左が一般的なスクリューバック式ですが、それ以前は中央のようにコインエッジを持つベゼルが蓋の役割を持ち、文字盤側からムーブメントにアクセスする構造によって、腕に密着する裏蓋側からの水分の浸入を極力防ぐ方法がとられました。
そしてさらにさかのぼると、本体を丸ごとアウターケースの内側に収め込み、ねじ込み式のベゼルで封をするという、一番左のような大胆すぎる腕時計も考案されていました。
いずれもケースは銀無垢製で、本体ケースがアウターケースとヒンジで連結される構造。J.W.ベンソン(右側)の方はコインエッジベゼルを開封した後、スナップインベゼルをコジアケで外し、さらにリューズの上に配されたカンヌキのような棒を取り外してようやく本体を持ち上げるという、極めて手の込んだ(面倒な)設計。
初期の防水ケースは、工作技術が一様でなかった当時、様々なメーカーが趣向を凝らして防水構造を構築していましたが、特にフランソワ・ボーゲル社はアヴァンギャルドとも形容できる個性を放っています。
外観のデザイン性のみならず、こうした構造的なユニークネスにも注目していきます。