現在もオメガを筆頭とする世界的コングロマリット〈スウォッチ・グループ〉の傘下にあり、腕時計業界のトップランナーとして知られる〈ティソ〉。中でも革新性を前面に出す独自の商品開発は、同グループの中でも一際異彩を放つ存在です。
ティソが産声を上げたのは1953年。スイスの時計生産地として有名なジュウ渓谷のル・ロックルで、シャルル=フェリシアン・ティソと、その息子シャルル=エミール・ティソによる時計メーカーから、その160年以上に及ぶ長い歴史は始まります。その最初期から時計製造の技術革新による時計の普及を目指してきましたが、三代目となるシャルル=ティソが開拓したロシア市場を中心に時計の輸出を行い、ロマノフ朝の皇帝に愛されたブランドとしても知られています。
 

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ティソが腕時計を製造するようになった1900年、すでに懐中時計の分野でティソは、ヌーシャテル天文台のクロノメーター・コンクールでいくつもの優勝を獲得するなど、その実力は揺るぎないものとなっていました。1917年のロシア革命によってロシア市場を失ってしまうものの、自社で腕時計用のエボーシュ(半完成品のムーブメント)を製造する体制を整えたほか、腕時計の分野でも様々なコンクールや博覧会に出展し数多くの受賞を記録しています。
とはいえ、現在ではオメガやロレックスに比べると地味な存在。決して誰もが知るブランドではありませんが、その歴史を辿ると多くの画期的な発明や挑戦をとともに、腕時計の発展に無くてはならない重要な存在であることに気付かされます。そういうところが個人的にも好き。
ティソと言えば、1953年に発表された「ナビゲーター」が特に有名です。国際化が進み、世界のどこの時刻でも一目で分かる機能を搭載したこの腕時計は「ワールドタイマー」とも呼ばれ、これもまた数多くのブランドに採用され、現在では「旅行時計」の定番となっています。
ただ、個人的にはそういった華々しいモデルよりもティソの質実剛健な基礎開発に惹かれます。1930年に発表した世界初の耐磁性を持つムーブメントを搭載した「アンティマグネティーク」は、その後の腕時計業界全体のスタンダードを作ったと言っても過言ではないと思います。

 

 

 

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アンティマグネティークの原理は、それまで主に鉄が素材として用いられていたヒゲゼンマイとテンプに、独自の合金を使用することで磁気帯びを防ぐというもの。その後の耐磁モデルで一般的となった軟鉄インナーケース式ではなく、腕時計の心臓部そのものを耐磁化するという抜本的な発想で、現在では特殊シリコンを素材に採用し、その耐磁性能は飛躍的に高まっています。
バリエーションの豊富さも、このムーブメントの汎用性の高さを象徴しています。角形ケースや金無垢ケースといったクラシカルなドレスウォッチだけでなく、ミリタリーウォッチやスポーツモデルへも積極的に用いられました。こうした汎用性の高さも含めると、ティソの開発したアンティマグネティークの功績は非常に大きいものだと分かります。

 

 

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アンティマグネティークと並んで豊富なバリエーションを持つのが、1942年に発表された防水モデル「アクアスポート」。持ち前の耐磁性に加え、耐震装置〈ショックレジスト〉を装備したムーブメントを、防水性の高いねじ込み式ケースに閉じ込めています。

 

 

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1940年代特有のプリミティブなルックスと、ヴィンテージ特有の硬質感を放つステンレススチールケースの組み合わせが何とも言えない。質実剛健を地で行くティソの良さを凝縮しています。
今回セレクトした3本は、それぞれテイストが異なるものの文字盤デザインやアラビア数字のフォントが酷似。同時代のトレンドが透けて見えます。

 

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ティソはアンティマグネティークの発表と同じ1930年、オメガとともにSSIH(スイス時計工業株式会社)をジュネーブで結成します。この団体はスイスの時計産業関連メーカーを結集し、その生産と流通をコントロールすることを目的としており、現在のスウォッチ・グループへ繋がる巨大コングロマリットの先駆けになりました。
良くも悪くも巨大化したコングロマリットは、消費者層に合わせて傘下ブランドの立ち位置を操作する傾向にあります。特にティソは世界初と名のつく開発を幾度となく行ってきたチャレンジングなメーカーであり、どちらかというとテクノロジカル、スポーティといったイメージを先行させ、コストパフォーマンスを重視した若者向けのラインナップに目が集まります。
ヴィンテージ・ティソは、そのクラシカルな佇まいとともに、時計がツールというよりもステータスに寄り始めるグローバル化以前の、本質的な時計の魅力を伝えてくれているように感じます。